2024.10.25 政策研究
第55回 組織性(その1):設立・解散
おわりに
自治体は、住民生活のための業務をするために存在するものならば、必要と思う住民が自ら設立し、あるいは、必要なくなれば住民が自ら解散するのが、一つの立場であろう。これを個人レベルの合意を厳格に必要とすれば、民間の任意団体のように、合意する人間のみで設立する。この場合には、合意しない人間を加入させることはできない。しかし、政府としての自治体の仕事は、参加する人間/参加しない人間を含めて、一定区域に及ぶのであれば、一定区域の人間を全員参加させる論理も作用する。
なぜならば、強制賦課がなければ、一定区域内でサービスを受益するにもかかわらず、自治体に参加しないで、負担を負わないという「ただ乗り(free-ride)」が発生する。全員がそのように行動すれば、そもそも自治体は存立し得ないし、全員でなくても一定の人間が「ただ乗り」行動をすれば、自治体の活動領域は非常に限られたものになってしまう。いわゆる「集合行為」という状態であり、皆に必要な仕事が、各人が自由に参加/不参加ができることによって、本来皆が期待する水準で遂行できない(9)。あるいは、一定の区域内には規制がかかる以上、区域が穴抜きになっていれば、これも「抜け駆け」のような問題が起きてしまう。それゆえに、仮に住民たちに自治体の設立・廃止のイニシアティブが認められるとしても、全員合意を求めるものではない。では、どの程度で設立・解散しやすくするかは、投票の過半数でよいのか、もっと少ない数でよいのか、逆にもっと多い特別多数が必要なのか、請求署名の段階でのどの程度の比率が必要なのか、様々な考え方があり得よう。
設立・設置が自動・所与であるため究極に容易で、解散・廃止が究極に困難又は不可能なのが、日本型の自治体の組織化の方法である。つまり、個々の住民個人の意向が無関係なのはもちろん、一定程度の多数の住民が集まっても、何の効果ももたらさない。逆にいえば、設立に面倒な手間をかけさせないデフォルト的存立という意味では、行動経済学的にいって、住人親切(フレンドリー)である。また、アメリカ流の法人化方式であっても、法人化のときの住人ならばともかく、その後の住民にとっては自治体の存在は所与・当然であり、日本と大差はないかもしれない。しかし、アメリカの場合には、潜在的には自治体の解散というオプトアウト可能性を、現実にはすさまじい尽力を要するとしても、住民の多数派は持ち続ける。日本の場合には、そのような「無益」な努力をしないように諦めさせる意味では「住民親切」であるが、現実には、住民の自主的な意向を否定する意味で、究極に住民不親切であろう。
自治体という組織(法人)が常に解散の可能性にさらされていることは、自治体が常に債務超過にならないように経営することを求められていることを意味する。債務超過であるならば、残された債務を償還するために、清算人は課税のみを継続しなければならない。受益もないのに課税されるのは、誠に理不尽である。それゆえ、所得課税などであれば、元住民は解散自治体の区域外に逃散するだろう。しかし、不動産課税であれば、土地建物は区域外に逃散できないから、確実に課税を受け続ける。このような厳しい債権回収を迫られるのであれば、解散前から健全経営を求めざるを得ないだろう。
日本の自治体は、解散の可能性にさらされないので、債務超過にならないような経営をし続ける必要はない。永遠に存続し続けるため、債務超過を判定すべき期末が存在しないからである。とはいえ、現実には、ある段階で手元の現金資金が不足を来し、支払が困難となる。そうすれば、住民サービスを削減し、債務支払に資金を優先的に割り当てざるを得なくなるだろう。ここでも厳しい債権回収に迫られるから、結局、日本でも健全経営を住民は求めるかもしれない。しかし、日本の自治体は、不動産(固定資産)課税もあるが、同時に、所得課税(住民税)や、住民数におおむね連動する地方交付税に依存しているから、住民が逃散すれば負担をしなくてもよい。つまり、日本の自治体では、健全経営を求める力学は弱まる。しかし、住民は自治体が再建状態に陥っても逃散しないのであれば、翻って、健全経営を事前に求める力学は存在するかもしれない。
(1) 須田木綿子=米澤旦=大平剛士『組織理論入門』 (晃洋書房、2022年)。
(2) 法務省ウェブサイト。トップページ>法務省の概要>組織案内>内部部局>民事局>過去のNEWS>一般社団法人及び一般財団法人制度Q&A(https://www.moj.go.jp/MINJI/minji153.html#02)。
(3) 設置に限らず、廃置分合・境界変更の中の一つである。
(4) The Municipal Research and Services Center(MRSC)ウェブサイト。Home>Explore Topics>Government Organization>Municipal Incorporation(https://mrsc-org.translate.goog/explore-topics/government-organization/cities/municipal-incorporation?_x_tr_sl=en&_x_tr_tl=ja&_x_tr_hl=ja&_x_tr_pto=sc.)。前田萌「ワシントン州におけるホーム・ルール制度下での地方自治(1)、(2)、(3・完)」政策科学22巻2号(2015年)、23巻1号(2015年)、23巻2号(2016年)。
(5) 司法書士法人One Succession(ワンサクセッション)「会社解散・清算手続代行サポート」(https://www.kaisan-kaisya.com/15111407480491)。
(6) 論理的には、市町村が廃止された区域では、都道府県が市町村の機能を吸収(垂直合併)したとすれば、廃止のみを単独で行うこともできる。旧都制の設置によって東京市が廃止されたときには、旧東京都が旧東京市を吸収したと考えることはできる。
(7) 自治体にとって重要なのは、歳入歳出予算や債務残高・資産台帳であるが、貸借対照表(バランスシート)として、〈資産=負債+純資産〉が重視されているわけではない。純資産がマイナスになれば債務超過であるが、自治体には貸借対照表がないので、このような意味での債務超過という概念は存在しない。なお、名目的には複式簿記の公会計による財務諸表はつくられてはいるが、具体的にそれで存立が左右されるわけではない。宮澤正泰『公会計が自治体を変える!Part2─単式簿記から複式簿記へ』(第一法規、2016年)。
(8) ワシントン州議会(Washington State Legislature)公式ウェブサイト。RCWs>Title 35>Chapter 35.07(https://app.leg.wa.gov/RCW/default.aspx?cite=35.07)。
(9) マンサー・オルソン(著)、依田博=森脇俊雅(訳)『集合行為論:公共財と集団理論』(ミネルヴァ書房、1996年)。