2024.09.25 政策研究
第54回 参照性(その5):棲み分け
棲(す)み分けの成立
政策・制度Xの普及率が100%に至らないということは、様々な政策・制度が、自治体間で棲み分けられていることである。そもそも、波及の段階では、従前の政策・制度Wと、新しい政策・制度Xが棲み分けている。あくまで、WとXが共存するのは、波及という動的過程の移行期のみの現象かもしれない。しかし、WとXとが棲み分けて、安定的な状態が生じることもある。あるいは、新しい政策・制度Xから、さらに新しい政策・制度YやZが登場して波及を開始するかもしれない。こうなれば、自治体間の参照の結果でも、Wが単純にXに置き換わるわけではない。WがXに置き換わり、かつ、XがYやZに置き換わらない、ということは、Xは、Wを否定する意味で革新的であるとともに、Y・Zを否定する意味で保守的でもある、ということである。
政策・制度W、X、Yが鼎立(ていりつ)するならば、それは、政策・制度に三つの型が存在することになる(図5)。W、X、Yという型ができてしまえば、その後の参照は、広い意味でのW族、X族(X1・X2・X3……など)、Y族の内部での小さな変異と波及にとどまり、型が大きく異なる相手からの参照は困難になるかもしれない。政策・制度を大きく変更することは、合意形成や事務事業の進め方の変更への費用がかかるので、仮に変更する必要があるとしても、できるだけ部分的改良で済まそうとすることも、あり得るからである(正のフィードバック)。こうして、棲み分けは安定して、それぞれは別の型で進むかもしれない。
図5
また、政策・制度は伝播を始めて、そのまま普及率が上昇するとは限らず、むしろ縮小に転じることもある。例えば、個体群生態アプローチ(population ecological approach)又は組織生態学(organizational ecology)の密度依存説では、組織が徐々に増加していくと、生態系での密度が高まり、競争が集中・激化することによって組織の死亡率が高くなって組織が減少する力学と、密度が高まることで組織の認知・信用・正統性が強化され、さらに多くの組織が生まれ、結果的に組織が増える力学とがある。この両者の力学のバランスの中で、ある時期までは組織の個体数は増加するが、ある段階で頭打ちになって、さらには減少に向かうともいう(1)。
自治体という個体群の個体数は、国策合併によって大きく変化する以外は、基本的には、自主合併による緩やかな単調減少である。そもそも、増加するということは、基本的に存在しない。その意味で、組織生態学の直接適用は困難である。また、自治体は、民間企業ほどは市場競争にさらされていないので、採用自治体数=密度が上昇することで、競争が激化して悪影響が生じるとは考えにくく、むしろ信用・正統性の上昇が一方的に作用するかもしれない。そうなれば、採用する個体数を増やす力学しか存在せず、普及曲線のようになるかもしれない。
しかし、新規政策・制度の導入・普及に関しては、ある程度の類比は可能であろう。例えば、新規政策・制度Xの導入の趨勢(すうせい)を参照して、導入を決める自治体も現れるだろう。とはいえ、当初の想定ほどのXの伝播の勢いがなければ、単に乗り遅れないために横並びのつもりの導入は、見込み違いだったことになる。そうすれば、政策・制度をもともとのWに戻す、あるいは、政策・制度Xを廃止する、こともあるだろう。いわば、密度が思ったほどは高まらないことで、正統性もそれほど高まらない、ということである(図6)。あるいは、新規政策・制度Xを導入するという、新規アピールの価値が逓減していくため、導入した後に撤回することもあろう。もっとも、通常は、新規アピールが作用するのは普及の初期であり、むしろ、導入していないことの不利益を回避したいのであれば、一度導入した政策・制度を廃止する必要はないかもしれない。
図6