2024.08.26 政策研究
第53回 参照性(その4):位置取り
キャズム理論と自治体・国
すでに触れたように、S字曲線での順調な普及が常に生じるとは限らず、ある段階で伸び悩んだり、立ち枯れてしまうこともある。つまり、新規開拓者から早期採用者を経て前期多数派に至るまでの間に、「キャズム(深くて大きな裂け目、chasm)」があることがある。こうした点を指摘するのがキャズム理論である(5)。
民間市場でのキャズムは、新規開拓者(イノベーター)・早期採用者(アーリーアダプター)からなる初期市場(普及率16%程度)から、前期多数派(アーリーマジョリティ)で構成される普及市場に遷(うつ)るあたりにあるといわれる。このキャズムを乗り越えないと、新規商品は普及しない。そして、早期採用者と前期多数派は、行動特性や選好が異なるため、それにうまく対応しなければならないといわれる。前者は新奇性・革新性・先取性がありリスク愛好的であるが、後者はリスク回避的で確実な効率性・効果性を求める。
ここでも、消費者側の特性に応じて、企業側・生産者側のマーケティング戦略が変わることに注目する点で、自治体間の参照性にはそのままでは類推適用は困難である。とはいえ、上述のように、ここでも、国が新規開発した政策を自治体に採用・普及させるときに、法的な強制力で義務付け・枠付けするのではなく、自治体間での普及率に応じて、国が普及戦略を変えるということには、準用はできそうである。
しかし、自治体間では、そのような普及のマーケティング戦略を立てる主体は、消費者でもある自治体を超えたところには存在しない。自治体ごとに採用を検討するときに、初期の自治体における合意形成の方策・戦術と、普及期における自治体における合意形成の方策・戦術とが異なることを示唆する。つまり、初期の自治体の中の政策決定では、「先陣を切る」、「他の自治体でやっていないことをする」というのが説得力を持つ。しかし、普及期になれば、「先陣でうまくいっているようだから早めに採用する」、「それなりの数の自治体が始めたから、そろそろうちでも始める」というように、政策論議での説得理由が変わるわけである。