2024.06.25 政策研究
第51回 参照性(その2):調査
東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授 金井利之
自治体の判断の情報源
自治体が政策立案や政策執行を行う際に、自ら判断することが自治実践の基本であるが、そのときに、判断の素材として様々な情報を収集する。住民や利害関係者など、地域社会の様々な意見を収集したり、あるいは、地域実情を調べることがあろう。また、地域社会の側から、様々な要望・要求・提言などとして、情報の入力がなされることが普通である。しかし、自治体は地域社会の外部からの情報を収集することもある。あるいは、地域社会の外部から、情報がもたらされることがある。例えば、研究者・専門家、マスメディア・ネット、漠然とした世論、全国的・国際的な利益集団などがある。
とはいえ、自治体は、こうしたナマの情報を受け取っても、そのまま判断過程に投入するとは限らない。なぜならば、こうした情報にそのまま左右されて、的確な判断ができるのか、必ずしも得心が持てないこともあるからである。例えば、「首長への手紙」とか、窓口や電話での苦情、議員からの口利き、各種団体からの陳情を、そのまま受け取って「はい、そうです」ということにはならないだろう。それらの情報が、政策判断としてくみ取るべき情報かどうかは、分からないからである。一方の情報に従って判断すると、後になって他方から反対が表明されることもありうるからである。
そこで、様々なナマな情報の一つにそのまま左右されることなく、多くのナマの情報を多元的に突き合わせることで、「平均的」な民意を探ることなどもする。しかし、こうした「平均的」な民意を探るのは、多くの行政実務においては困難である。もちろん、審議会や住民参加の会議体で、多様な意見を収集する努力はしている。また、電話その他の苦情も、大量に収集していけば、一つの苦情にのみ左右されることはないだろう。とはいえ、なかなかサイレント・マジョリティの動向をつかむことは難しい。あるいは、住民意識調査などの世論調査をすることもあるが、充分に把握することは容易ではない。
そのため、安全を見込んだ自治体実務家は、何もしない方が無難であり、とりあえず現状維持的・保守的な状況を継続すべく、しばしば、「一つのご意見」は、あくまで「個人の感想にすぎない」などとして、「ご意見としては承っておく」として「聞き置く」だけで、無視することがある。自治体は、しばしば住民全体の利益を目指す公共性・公益性の担い手であると称して、個人や特定団体の利益を、私益性あるいは既得権益・ごね得・住民エゴ・モンスター・行政対象暴力・不当要求・カスハラなどとして、無視することを正当化する。その割には、特定の個人・団体の暴走・実力行使やわがままな利益追求を、「私権の絶対性」、「民事不介入」、「権限がない」、「法的には仕方がない」、「人手が足りない」、「予算がない」などとして、放置することも多い。一方の私益追求に反対する他方の要求を、個人的意見として却下する。あるいは、自治体は一方・他方のどちらにも肩入れできない公平性・公平性があるなどとして、一方の私益追求を放置する。このように、自治体は、個人や団体からのナマの情報入力に対しては、基本的には強い警戒感を持っている。