2024.05.27 政策研究
第50回 参照性(その1):比較
事業者による比較
第2に、事業者が自治体間を比較することがある。実際に、企業立地(投資)の選択として、「足による投票」が一般住民よりは容易かもしれない。事業者は、特定の自治体とのみ取引をしたり、特定の自治体区域において事業活動をするだけとは限らない。むしろ、いろいろな自治体について、幅広く対応することになる。当然、同じ事業者として、自治体ごとの差異に直面して比較をすることになる。例えば、自治体ごとに環境規制や土地利用規制が異なれば、そのような政策の差異を所与として調べ、それに応じて事業活動内容を臨機応変に変えることになる。事業者としては自治体間の差異のうち、有利な自治体を称賛して、そちらに他の自治体を合わせることを期待するだろう。
自治体ごと、さらには担当者ごとに、いろいろな運用の差異に直面することがある。それが自治といえば自治であるが、自治体に特有の現象でもなく、国の出先機関であっても相違はありえる。ともあれ、事業者は、日常的事業活動の中で必然的に、自治体間の比較を認知しやすい立場にある。もちろん、あくまで事業者の事業活動の範囲でアドホックではあるが、住民のアドホックな比較よりは、かなり広い視野を持っているといえよう。
事業者の場合には、自身の事業活動に、損得勘定で合利的かどうかを比較することになる。しばしば、全国同一である方が、事業活動を変更する必要がないから、画一的な運営マニュアルで対応できるので、差異を減らして画一化することを求めることもある。国民経済とはそういうものであり、通貨制度・民商法制度などが国の役割となっているのは、全国画一化によって事業活動を安易にできるようにするためである。個人情報保護制度は自治体ごとに異なっていたが、デジタル経済時代になって、行動履歴のような個人情報データが「天然資源」のように利益の源泉になってくると、全国画一化が強く求められるようになった。これは「個人情報保護法制2000個問題」という批判であり、結局、個人情報保護法として全国一元化された。
もっとも、各自治体の通貨が異なっても、両替すればよいだけである。電子決済ならば、さらに容易になるといえよう。アメリカでは各州の民商法制度が異なってもアメリカ経済に悪影響があるようには見えない(3)。また、都市計画制限・まちづくり規制などは、自治体ごとに異なっている。市場経済メカニズムは柔軟であり、差異があるならば差異に対応できる事業者が有利になるだけである。むしろ、画一的な制度・政策は、対応能力の低い事業者を甘やかして、質の低い事業者の退出と淘汰(とうた)を阻害する。差異が存在すること自体が、必ずしも事業活動の障害にならないのであれば、自治体ごとの施策の内容に精通する必要はあっても、全国的に俯瞰(ふかん)して比較する必要はない。
さらにいえば、特定の自治体ごとの差異は、その差異に精通した事業者にとっては、競争他者に対する参入障壁と競争制限になりうる。例えば、開発指導要綱での微妙なさじ加減が異なっていれば、精通していない事業者にとっては、理解や対応のための余計な費用がかかることになる。あるいは、もっと露骨には、自治体ごとの特定の型式や既存システムに対応できなければ、事業をすることはできない。情報システムでベンダーロックインが発生したのは、差異があることが事業者に有利不利に作用するからである。