2024.03.11 まちづくり・地域づくり
第4回 パネルディスカッション 住民自治を実現するシビックプライドの可能性(前編)
シビックプライドは地域の価値を高めるか
牧瀬 いくつか論点を提示しますので、それに対して意見等をいただきたいと思います。
最初の論点は、「シビックプライドによって地域の価値は高まったのか」、あるいは「地域の価値が高まるのか」についてです。シビックプライドは、既に相模原市、ひたちなか市で政策として展開されています。そこで、まずは両市長の見解をお聞きしたいと思います。
本村 シビックプライド政策により、地域の価値は高まったのかという質問に対する回答は、「高まった」だと思います。
相模原市は都市と自然のベストミックスというすばらしい要素を持っています。一方で、緑区、中央区、南区の3区の顔はそれぞれ異なります。平成の大合併により、4町と合併をして、少し分断的なところもありました。しかし、多くの市民は「自分たちのふるさと」に誇りや愛着を持っていると考えます。そのような背景があり、シビックプライド条例を制定しました。
当初は「シビックプライドって何?」と周りからよく質問を受けました。周囲からは「何だかよく分からない」や「また横文字を使って……」といわれたのですが、地道に説明していくことにより、今では相模原市へのシビックプライドを一緒に発信していただけるようになっています。
私は、市内のそれぞれの地域でシビックプライドを醸成することにより、自分たちのまちを本当に好きになってもらい、その思いを発信していけば、全国の人に「相模原に住んでみたい」と思ってもらえるようになると考えています。ですから、このシビックプライド政策によって地域の価値観が高まりつつあると考えています。
大谷 先ほどお話ししたように、ひたちなか市では、シビックプライドにつながる前段として、「自立と協働のまちづくり基本条例」が2010年にできました。この条例が市民と一緒にまちづくりを進めるベースになっていると思います。この活動の中から「自分たちのまちを自分たちでよくするために、どういう活動が自分でできるだろうか」という文化が醸成されてきました。この文化は何だろう……と考えたときに、「シビックプライド」にたどり着きました。
少しずつですが、市民のまちに対する思いが高まっていることは、調査結果からも把握できています。しかし、近年は新型コロナウイルス感染症の影響により、人との関わりを制限せざるを得なかった状況もあり、一時的にポイントが落ちています。いずれにしても、長いスパンで考えていくならば、シビックプライドが高くあり続けるまちであると考えるし、そういうまちを目指していかなければいけないとも思います。
私が市長に就任して、企画部にマーケティング推進室を設置しました。行政の中で「マーケティングって何ぞや」となり、最初はハレーションが起こりました。一部には「そういう部署を設置するのならば、マーケティングの専門家を呼んできて立ち上げた方がいいのではないか」という意見もありました。しかし、そうではないと思います。
マーケティング思考を市役所全体の文化にするために、市職員で実施する。さらに市職員は異動があるため、決してマーケティングの専門家になる必要はない。自治体で実施するべきマーケティングは何なのか、を検討することを最初のミッションとしました。そして、ひたちなか市において、「マーケティング推進室は何のためにやっているのですか」と問われたとき、シンプルに「ひたちなか市のファンをつくるためにやっている」という回答にたどり着きました。
この回答がいいかどうかは分かりません。今後も変化するかもしれません。しかし、現時点においては、ひたちなか市はファンをつくるんだ、ファンを見つけるんだ、と定義し、マーケティングを推進しています。それはシビックプライドに通じる考えです。
別の観点でいうと、ひたちなか市は地方都市です。そのため多くの人がひたちなか市から転出していきます。子どもたちがひたちなか市でずっと頑張ってくれるのであればうれしいけれども、自分の夢に向かって、東京やニューヨークなどに出ていってもよいと思っています。ただ、心のどこかに「自分の生まれ育ったまちはひたちなかだ」という感情が残っていれば、とても喜ばしいことです。そういう感情も醸成していきたいと思っています。
牧瀬 ありがとうございました。ここまでが行政側の観点です。今度は民間の視点での意見をいただきたいと思います。
水本 シビックプライド政策によって地域の価値は高まるのかという話ですが、私は高まると思っています。
シビックプライドには、市民のまちに対する愛着や誇りという意味があります。愛着や誇りといっても、単なる郷土愛ではありません。まちをよりよい場所にするために、自分自身が関わっているという、当事者意識に基づく自負心を伴うものです。つまり、シビックプライドは、本村市長の講演の中にもありましたが、まちに積極的に関わっていこうとする意識のことです。
シビックプライド政策の目的は、市民のまちに対する意識を自発的に、あるいは能動的にすることにより、地域で活動する人たち、いわゆる活動人口を増やすことです。この活動人口が増えれば、地域の価値は高まると思っています。
例えば、まちで芸術や音楽、スポーツなどの活動をする市民が増えれば、まちの文化的な価値が上がると思います。地域交流や相互支援という取組みが活性化すれば、社会的価値も高まると考えます。また、歴史的資源を守りたいという人が増えれば、環境や景観価値も上がるでしょう。そのほかにも経済的価値やイメージ価値が向上して、その結果、転出者が減って転入者が増えるといった効果が期待できると思います。
木村 今回の「シビックプライドが地域の価値を高めることができるか」は、問いとしておかしい気がします。なぜならば、当たり前だからです。当事者意識を持って、自分たちでまちを担っていこうとする人たちが増えることがシビックプライドの一つの定義とすれば、それが高まることは、必ず地域の価値が高まることになります。
シビックプライド政策に、地域の価値を高めることにつながる有効性があるのかという観点については、結構難しいところがあります。気をつけなくてはいけないことは、ゆるキャラと同じようになってはいけないということです。つまり短命に終わってはいけない。シビックプライド政策は地道に、かつ数値的に測るということをせず、じっくりやり続けることが大事だと考えます。
牧瀬 ありがとうございました。本村さん、大谷さんに質問です。お二人からのキーワードに「シビックプライドは長くやっていくべき」とありました。木村さんも「長くやっていく」といっています。しかし、市長の任期は4年間です。そういう前提がある中で、どのようにして長くやっていくのか、ヒントがあればいただきたいと思います。
本村 シビックプライドを持続的に進めるには、市民対応を重視していくことだと思います。現在、顔の見える市長として、「まちかど市長室」や「まちづくりを考える懇談会」を22地区で行っています。以前は、副市長が出ていましたが、今は私が出ています。私が出ていくことで、直接、市民からお叱りをいただくこともありますが、やはり市民と対話をしていくことが持続性につながっていくと思います。また、私に対して疑問を持っている人たちに対しても、逃げないことが秘訣(ひけつ)だと思います。市民はいつでも市長と対話ができる、そういう環境をつくっていきたいと思います。
大谷 シビックプライドを育む政策には、単独で実施できる政策もありますが、事業に溶け込ませることができると思っています。シビックプライドの持続性を意識するならば、様々な事業の中に溶け込ませていくべきと考えています。市長が交代し、ニュアンスは変わるかもしれませんが、自治体としてまちづくりを進めていく上では、大なり小なり、シビックプライドを育むというテーマは残ると考えています。