2023.12.25 政策研究
第45回 固有性(その2):地理
地名と固有性
そもそも、特定の地名(地理的固有名詞)を当てはめれば、その自治体はしばしば固有である。例えば、月山とか白山とか大山(だいせん)などという固有名詞によって、その固有名詞の所在する自治体は、唯一無二の存在となる。例えば、琵琶湖といえば滋賀県しかあり得ない。さらいえば、湖を琵琶湖で代表又は僭称(せんしょう)すれば(8)、「湖国」とか「湖南」とかは、滋賀県内の自治体でしかあり得なくなる。そうなると、例えば、諏訪湖や宍道湖の南側の町が「湖南市」、「湖南町」とは称しにくい。もっとも、実在する「湖南市」は琵琶湖の南の方にあるというだけで、琵琶湖岸ではない(9)。また、湖西(こせい)線は琵琶湖の西側である。とはいえ、湖西(こさい)市は浜名湖の西であって、琵琶湖の西ではない。
もちろん、市町村単位で見れば、例えば、琵琶湖というだけでは、市町村を特定できない。また、例えば、富士山のように、静岡県(富士宮市、富士市、裾野市、御殿場市、駿東郡小山町)と山梨県(富士吉田市、南都留郡鳴沢村)と、複数の自治体の区域にまたがることもあるので、「富士山がある」というだけでは自治体の固有性を示さない。そもそも、富士山の場合には、山頂がどこの自治体の区域かは明らかではない。さらに、「富士山麓」などといえば、裾野の広い富士山の場合には、裾野市など広範囲に及ぶ。大山も、鳥取県西伯郡大山町に所在するといえるが、裾野は広く、鳥取県西伯郡伯耆町、東伯郡琴浦町、日野郡江府町にも及んでいる。
地名は単なる固有名詞として、自治体の固有性を担保する。そして、地名の由来は地理的特徴に基づくことがある。例えば、富士山が見えるという特徴から来る「富士見」は、関東近辺を中心に、しかし全国的にも、かなりの数がある(10)。例えば、そのものずばりの「富士見市」は(11)(12)、ウェブサイトの画像に雪化粧の富士山の遠景を掲げている(13)。富士見市は、沿革的には、1956年に入間郡鶴瀬村・南畑村、北足立郡水谷村が合併し、「富士見村」として発足したことから始まる。このときに「富士見」を僭称したといえよう。もっとも、町村名称は、○県○○郡が冠で付くので、全国で複数あっても構わないことが多い。しかし、東京近郊地域として人口増加が進み、1964年に「富士見町」となり、1972年にそのまま「富士見市」となった。
「大山」や「大島」や「大町」や「一宮」のようなありふれた用字の場合には、同名の地名はあり得るし、それ自体が一定の地理的な共通性を示しているといえるが、通常は、唯一に特定できるように何らかの形容詞が付される。例えば、「大島」は、通常は、そのあたりで比較的に大きな島という地理的共通性を示唆するが、「伊豆大島」、「周防大島」、「奄美大島」などのように、特定するように工夫がされている。
自治体と地名の関係は、微妙である。自治体の名称は、都道府県・市区町村という区域に関しては、地名と一体不可分である。例えば、「伊豆大島」は島の固有名詞(地名)であるが、自治体の名称は「東京都大島町」である。したがって、伊豆大島の区域は、地名的には「東京都大島町」である。通常、町村の区域は「○○郡」とされるが、伊豆諸島の場合には、郡区町村編制法ではなく、もともと「大島島庁」とされ、さらに大島島庁の中で島嶼町村制施行(1908年)された沿革から、郡という地名はない。行政的には「東京都大島支庁」の管轄ということになっているが、郡に代わって大島支庁という地名ではない。大島町の狭域の街区の地名は、例えば、「元町1丁目」や「元町上山」などという具合で、普通の地番表示である。
(1) もちろんこの前提は、必ずしも成り立つとは限らない。例えば、小中学校で説明をする場合には、「この町はどんな町でしょうか?」などと問いかけることから始まり、さらには「うちの町の特徴はこんなです」などと「授業」をするかもしれない。あるいは、住民向けであっても、学習会や政策・計画の立案のワークショップなどでは、「我が町の特徴を知ろう」、「地域資源を探してみよう」などと、探索に誘い、探訪を勧め、さらには、自治体職員としての情報を提供することもあろう。
(2) ベネッセマナビジョンウェブサイト。ホーム>職業・学問を調べる>学問を調べる>学問系統から探す>地理学(https://manabi.benesse.ne.jp/shokugaku/learning/system/007/index.html)。
(3) 「地方学」については、連載第13回「地方性(その4)」(2021年4月26日号)を参照されたい。
(4) 日本ジオパークネットワーク公式ウェブサイト。ホーム>ジオパークとは(https://geopark.jp/geopark/about/)。
(5) 桐生市ウェブサイト。トップページ>市政>市の紹介>桐生市紹介(https://www.city.kiryu.lg.jp/shisei/profile/1002955.html)。
(6) 歴史と固有性の関係は、別途、採り上げる予定である。
(7) 桐生市ウェブサイト。トップページ>市政>市の紹介>位置と交通アクセス(https://www.city.kiryu.lg.jp/shisei/profile/1002958.html)。
(8) 旧国制では「遠江」と対置される「近江」である。「江」であって「湖」ではない。しかし、「江」は「長江(揚子江)」、「鴨緑江」のような大きな川を指し、日本語でも「江の川」などがあるから、不思議ではある。もっとも、「江の川」という地名は歴史が浅く、1966(昭和41)年4月に一級河川に指定された際に定められた名称で、それ以前は流域の各地において可愛川(えのかわ)、郷川、江川など様々に呼ばれていた。旧河川法時代には広島県側は「郷川」(1919(大正8)年告示)、島根県側は「江川」(1930(昭和5)年告示)とされていた。「ゴウガワ」の由来は定かではないが、「ゴウ」には川岸という意味がある。とはいえ、「ゴウ」という地名は、古くは『延喜式』(927年成立)にも記されている。なお、三次市より上流における江の川本流は「可愛川」と呼ばれ、『日本書紀』(720年成立)にもその名が記されているという(国土交通省ウェブサイト。ホーム>政策・仕事>水管理・国土保全>統計・調査結果>日本の川>中国の一級河川>江の川(https://www.mlit.go.jp/river/toukei_chousa/kasen/jiten/nihon_kawa/0704_gounokawa/0704_gounokawa_01.html))。しかし、「江」が江の川を指すとは限らず、江南市の「江」は木曽川を指し、江東区の「江」は隅田川を指す(江東区は江戸川や荒川より西にある)。
(9) 湖南市のプロフィール(自己紹介宣伝)は、以下のようである。「湖南市は滋賀県南部に位置し、大阪、名古屋から100km圏内にあり、近畿圏と中部圏をつなぐ広域交流拠点にあります。南端に阿星山系を、北端に岩根山系を望む丘陵地で、これらの丘陵地に囲まれて、地域の中央を野洲川が流れています。野洲川付近一帯に平地が開け、水と緑に囲まれた自然環境の恵まれた地域です。地形は、平地、丘陵、山林に分かれ、特に山林が全土地面積の5割強を占めています。古くは近江と伊勢を結ぶ伊勢参宮街道として栄え、江戸時代には石部に東海道五十三次の51番目の宿場がおかれ、これを中心とした街道の産業や文化が栄えました。近年は、名神高速道路の開通によって、栗東インターチェンジ、竜王インターチェンジ等を活用して県下有数の工業団地が立地しています。国道1号とJR草津線が地域を東西に走り、当地域には石部、甲西、三雲の3駅があります。これらの交通基盤によって、京阪神の都市圏への通勤通学に便利な立地となり、京阪神のベッドタウンとして住宅地開発が進みました。奈良時代の昔から現代に至るまで、常にこのような交通の要衝として発展し続け、さらに気候が温暖な上に、野洲川を中心に開けた平野に恵まれたこともあって、様々な産業と文化を育んできました。都市規模は、東西に9.7km、南北に12.3kmの広がりを有し、行政面積は70.40km2で県土4,017.38km2の1.75%です」。典型的に地理的情報を記載している(湖南市ウェブサイト。ホーム>市政情報>市の概要>市のプロフィール>位置と地勢(https://www.city.shiga-konan.lg.jp/shisei/gaiyo/PROFIRE/9355.html))。なお、内藤「湖南」における「湖」は、出身地の「十和田湖」の意味のようである。野嶋剛「シノロジスト・内藤湖南の原点~故郷・毛馬内の漢学教育」立命館国際研究27巻4号(2015年)162頁。
(10) 富士山ネットウェブサイト。ホーム>特集>全国各地の「富士見」(https://www.fujisan-net.jp/post_detail/2001358)。
(11) なお、現時点で市町村名に「富士見」が使われるのは、富士見市のほかには長野県諏訪郡富士見町だけだという(https://japanknowledge.com/articles/blogjournal/interest_chimei/entry.html)。
(12) ちなみに、富士見町の場合には、1874(明治7)年に、筑摩県(今の長野県)の通達により、旧木の間村外9ヶ村が合併して「富士見村」が誕生した。東・西にそれぞれ連なる山々に挟まれた地形であるが、遠くに富士山を望めることから「富士見」の名が付いたという。1955(昭和30)年、富士見村、本郷村、境村、落合村が合併したが、この4ヶ村からもともに日本一の富士山を望めることから「富士見町」の名称となった(富士見町ウェブサイト。トップページ>組織でさがす>所属一覧>総務課>富士見町のプロフィール(https://www.town.fujimi.lg.jp/page/prof.html)。
(13) 富士見市ウェブサイト(https://www.city.fujimi.saitama.jp/)。