2023.11.27 政策研究
第44回 固有性(その1):らしさ
「○○らしさ」の言語化
「○○らしさ」を自治体としてどのように明確化できるかは、難問である。例えば、全くの仮想事例であるが、港区を事例に考えてみよう。基本計画を見る限り、「港区らしさ」という表現は用いられていない(2)。「港区らしさ」といわれても、全く意味不明であるからであろう。もっとも、「港区ならでは」や「港区の特性」や「誇りを持てる」という表記は存在する。とはいえ、行政の計画文書では、中心的には用いられていない。
不用意に「港区らしさ」などと表現すると、どのように解釈されるかは分からないからである。「港区らしさ」とは、例えば「金持ち」、「富裕」、「都心」という意味であるかもしれない。あるいは、近隣に児童相談所が立地することに対して、近隣住民は「子どもを南青山にある“名門公立小学校”に入れるために大きな投資をした」と話した上で、児童相談所が保護する子どもたちがこの学校に通う際、金銭面などで「とてもつらい思いをするのではないか」などという嫌みな理由で反対する、という意味で、「炎上」的に解釈されるかもしれない(3)。つまり、どのように「港区らしさ」を捉えようと任意であり、その意味で無限定である。したがって、自治体として不用意に利用するのは、リスクがあるからである。
あえて、「港区らしさ」を、自治体政府=港区として、「富裕」、「都心」などと言語化して定義することは、可能である。もちろん、これらの言語表記をとったとしても、その内実の具体化、鑑別するための尺度・測定という操作化・具体化などの問題は残る。「港区らしさ」とは「富裕自治体」という意味であるならば、「富裕自治体」とは、「基準財政収入額が基準財政需要額を3か年平均で上回る」ものとして定義し、それに従って「港区らしい」か判別できる。もっといえば、港区の実態から、港区が該当するように逆算して、「港区らしさ」の尺度を設定することになる(4)。尺度を設定することによって、「港区らしさ」とは具体的に何であるかを言語化することが可能になる。
言語化による「らしさ」の拡散
唯一無二の「○○」から離れて、一般的な概念や言語を利用すれば、「○○」以外にも適用可能性が広がる。例えば、港区基本構想では、「港区ならではの特徴」(第2章(1))として、「先進国でいちばん大きな都市圏を持った東京の都心……陸・海・空の数多くの交通網が通じて……区内のほとんどの地域が地下鉄駅への10分歩行圏内であることに加え、新設される新幹線・品川駅によって、各地域が直接に全国と結ばれ……東京港は国際物流の要……羽田空港へはモノレールや鉄道等で結ばれ、成田空港にもつながり……区内のどの地域からも、全世界へ簡単に飛び立てる……港区を他に類を見ないインターナショナルな地域として育て……60有余の大使館があるだけでなく、国際的にも屈指のビジネスセンターであるとともに、国際的に活躍する人びとのコスモポリタン・ホームタウンとなって……いわば世界の最先端の動きに接している場所であり、しかも港区発の情報が世界に発信され……多様性にすぐれた都市環境を備えていることに加え、港区は、便利さ、快適さ、安全性、さらには行政サービスの水準の高さなどで常に人びとの住みたい地域でありつづけてき」たなどとある。いろいろあるが、要するに「都心」であり、「地下鉄」を含めて「交通網」が集中し、「インターナショナル」、「コスモポリタン」である、という言語化がされている。
「港区らしさ」=「富裕」であるならば、港区以外にも、「富裕自治体」はあり得ないわけではない。港区以外にも「港区らしい」自治体が存在することになる。しかし、港区以外のそうした自治体を「港区らしい」と呼ぶことは、自他ともに少ないだろう。
つまり、「港区らしさ」とは、「都心」、「交通網」、「インターナショナル」、「富裕」などという一般概念では捉えられない何か、ということになる。全く意味不明なものである。港区は「都心」、「交通網」、「インターナショナル」、「富裕」であるから、「港区らしさ」には「都心」、「交通網」、「インターナショナル」、「富裕」であることは含まれるが、「都心」、「交通網」、「インターナショナル」、「富裕」ならば直ちに「港区らしい」といえるわけではない。
港区以外にも「都心区」もあれば、「交通網」の発達した自治体はある。外国人集住自治体という「インターナショナル」な多数の自治体はある。「○○らしさ」を「△△」として言語化して定義するやいなや、「○○」以外の他の自治体「××」でも同様の「△△」は存在し、「××」も「△△」であるがゆえに「○○らしい」ということになる。つまり、「○○」も「××」も「○○らしい」ともいえる。あるいは、端的に「△△」だということになる。この段階で、すでに「○○らしさ」は、「○○」の固有性を失ってしまう。むしろ、多数の自治体を「△△」に着目して、類的に統合(集合)する類概念となろう。個体概念ではなく、類概念としての「○○らしさ」ならば、それはそれで類的な固有性を示すことも可能である。自治体の多数性の箇所で、すでに触れたところである(連載第30回・第31回)。
例えば、「富裕自治体」あるいは「財源超過団体」などは、富裕自治体集団の固有性を示しているともいえる。また、例えば、全国に「小江戸」、「小京都」、「■■富士」、「□□銀座」などは散在する。この場合には、本家本元の「江戸」、「京都」、「富士(不二)」、「銀座」の固有性は消えない。例えば、「小江戸といわれる佐原・川越」、「小京都と呼ばれる角館・郡上八幡・津和野・大洲」などの場合には、江戸・東京や京都の唯一無二性は否定されていない(5)。「■■富士」、「□□銀座」の場合にも、「富士」や「銀座」の無双不二性は否定されるわけではなく、「■■」、「□□」と結合して初めて固有名詞となる。それゆえ、本家に依存した固有性であり、むしろ、固有性の否定でもある。それゆえ、例えば、あえて「小京都」を名乗ることをやめた自治体も多い。