2023.07.10 まちづくり・地域づくり
第5回 「音楽」を活用したまちづくりの成功要因②文化芸術を媒介として地域課題に楽しく取り組む「共奏」のまちづくりへのヒント
おわりに
筆者は、長く文化芸術セクターで勤務しているため、文化芸術による課題解決の文脈は、ともすれば文化芸術セクターが生き残るための論理として語ってしまっていることに無自覚なことがある。いったい誰のための地域であり、文化なのか。常に問いながら地域課題を主語として文化芸術セクターと行政、市民、企業など多様な主体と「共奏」し、文化芸術によるまちづくりの可能性を考えていきたい。
音楽には人と人をつなげ、集める力があると冒頭で述べた。文化芸術というと大上段に構える感じがあるが、一般市民にとって音楽は日常に寄り添う趣味の一つである。趣味はいうまでもなく私的領域であるが、趣味を介して異質な人や組織がつながり、緩やかなネットワークをつくり、地域コミュニティを活性化することは、公共的な活動への参加率にも影響があるといわれている。アメリカの政治学者ロバート・パットナムのソーシャルキャピタル(社会関係資本)研究や、浅野智彦の「趣味縁」研究などがこうした視点を理解するのに役立つ。また、2022年にぴあ株式会社グループ及び株式会社日本政策投資銀行(DBJ)グループが行ったスポーツや音楽など集客エンタメ産業の社会的価値の研究の中では、川崎市における市民アンケートの結果から、スポーツ観戦や音楽鑑賞経験の有無が市民交流やボランティア活動等の参加、シビックプライド等に影響があり、地域コミュニティの強化に有効であるというデータが示されている。
文化事業は得てしてイベントの「動員数」でその成功を語られがちである。市民を中心に置いた文化活動の価値は見えにくいが、もっと注目されるべきである。かなり単純化して申し上げれば、何にしろ地域にいろいろな人が関わりやすい「楽しいこと」を増やすことが、そのまちを明るくし、生き生きと活動する市民を増やすことにつながるのである。今回紹介した事例のほかにも、ストリートライブなどのまちなかの広場活用や音楽家の移住促進による雇用創出と教育活動など、全国に様々な形の「音楽のまちづくり」の取組みがある。本稿を読まれた方が、ぜひまちづくりの中に、音楽を活用してみようと思っていただけたら幸いである。
本連載第2回、第3回で松木氏は「活動人口」(地域に対する誇りや自負心を持ち、自身のスキルや知見をまちに還元するまちづくりの主体となる人々)が増えることが人口減少社会における持続発展可能なまちづくりに寄与すると提唱したのを受けて、第4回、第5回では文化芸術がまちづくりの基点になり得るという観点から、音楽のまちづくり事例を通じて地域課題と文化芸術が連携することによる価値共創と成功に導くためのステップを提案した。
次回は本連載のまとめとして、これからのまちづくりを成功に導く視点について言及する。
〈議会質問のヒント〉
・文化に限らず、市民のための事業の対象者が、一部の人に限定されたものになっていないか。福祉的な機会均等というだけではなく、社会的弱者も担い手となったり創造性を発揮できる存在としてインクルーシブ(社会包摂的)に構想されているか。
・地域文化を輝かせることは、シティ・プロモーションの魅力的なポイントになるだけでなく、住民が地元への愛着を高めたり、社会的な活動への関わりを持つきっかけとなる。地域文化活動の認知を高め、魅力的に伝わる広報活動は行われているか。
・地域の文化活動の場となる公共施設は、人口減少地域では維持が難しくなっている。こうした施設が閉鎖されても、市民の文化活動が失われずに維持するための施策は考えられているか。
■参考
◇かわさきパラムーブメント(https://www.city.kawasaki.jp/2020olypara/)
◇「共生社会」をつくるアートコミュニケーション共創拠点(https://kyoso.geidai.ac.jp/)
◇日本政策投資銀行「スポーツ・音楽・文化芸術等交流人口型イベント(集客エンタメ産業)の社会的価値」共同研究報告書(https://www.dbj.jp/topics/investigate/2022/html/20220520_203830.html)
■参考文献
◇浅野智彦(2011)『若者の気分 趣味縁からはじまる社会参加』(岩波書店)
◇田代洋久(2022)『文化力による地域の価値創出─地域ベースのイノベーション理論と展開』(水曜社)