2023.07.10 まちづくり・地域づくり
第5回 「音楽」を活用したまちづくりの成功要因②文化芸術を媒介として地域課題に楽しく取り組む「共奏」のまちづくりへのヒント
音楽を通じて多様性や包摂について楽しみながら感じ、理解する──川崎市
川崎市は、誰もが自分らしく暮らし、自己実現を目指せる地域づくりを目指し、「人々の意識や社会環境のバリアを取り除き、誰もが社会参加できる環境を創り出す」ことを理念とした「かわさきパラムーブメント」を推進している。その目指す姿の一つに「誰もが文化芸術に親しんでいるまち」のヴィジョンがある。筆者はその取組みの一つである「インクルーシブ音楽プロジェクト」に深く関わっている。
“インクルーシブ音楽”の川崎市における定義は、「障害や楽器経験の有無、国籍などに関わらず、誰もが一緒に音楽に触れ、奏でることを通じて、お互いの音の違いを知ると同時に、周りの音を感じながら自分の音を表現する喜びを体感する、音楽コミュニケーション体験」である。2023年度は「いろいろねいろ」というキーメッセージのもと、学校や障害福祉施設、児童養護施設、高齢者施設、国際交流施設など14会場での音楽ワークショップ、市民認知を図るための公開ライブを4か所、施設職員などを対象としたファシリテーター講座を5会場で展開する。
文化芸術セクターによる社会貢献活動は鑑賞型事業が一般的であるが、支援する人(演奏する人)/支援される人(聴く人)という役割の固定を取り払い、なるべく多様な主体が混じり合い、誰もが創造性を発揮しながら双方向のワークショップでともに「音楽づくり」を行うということが本プロジェクトの特徴である。
こうしたワークショップの手法は英国での実践から取り入れられ、日本でも実践者となるファシリテーターが増えつつある。誰もが参加できるように、楽譜を使用せず、技術の巧拙ではなく即興性の高い自由な表現の中で、誰もが尊重され、音楽に何らかの形で貢献するパフォーマンスを体験してもらう。心理的安全性が確保された場で、思う存分に自己表現する体験は、まず第一に楽しいのである。自分が表現者として拍手をもらう側になるという体験が、参加者の心を強くするとともに、一緒に同じ時間を過ごし、ミッションを達成することで仲間意識も醸成される。
本プロジェクトは多様な主体との軽やかな「協働」となるこうした体験を重ねることにより、また成果としてのパフォーマンスを公開ライブとして行うことにより、誰もがそれを見た市民にも、共生社会への意識転換・行動変容を促すことを目指している。
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昨年実施したインクルーシブ音楽プロジェクトの一例
また、本プロジェクトは東京藝術大学が中心となって進める産学官の共創プロジェクト「『共生社会』をつくるアートコミュニケーション共創拠点」の取組みの一つでもある。こちらは「福祉・医療・テクノロジーと融合したアートコミュニケーションによる誰もが“自分らしく”いられる共生社会の実現」をビジョンとし、「多様な人々と社会とを結ぶ『文化的処方』(社会的処方の援用)を開発し、孤独孤立及び精神的貧困の解決」に取り組む大規模な事業である。東京都をはじめ、川崎市など九つの自治体が参画している(2023年7月現在)。東京藝術大学が先頭に立ってこうした取組みを始めたことにより、文化芸術を地域ウェルビーイングの向上などの課題解決に役立てるという動きは、今後も加速していくと見られる。
まとめ──文化芸術を媒介として地域課題に取り組むまちづくり
これまで、まちづくりに音楽を活用している四つの事例を紹介してきた。いずれも共通していることは、地域に根差した住民主体のプロジェクトであり、住民が表現者として期待されているということである。音楽の活用を集客による交流人口拡大という観点で考えると、いかに人気のあるアーティストを呼べるかということが関心事になるし、地域文化レベルの向上や子どもたちへの教育という投資効果を考えるのであれば、いかに優れた芸術に触れられるか、卓越した演奏が聴けるか、ということが観点になるであろう。しかしこうした考えだけでは、文化芸術の価値を地域は享受するだけであり、自分たちがつくり出す文化の担い手になるという発想に結びつきにくい。地域課題解決を共通目標とすることで、文化芸術の専門家と地域の多様な主体が同じ目線で協働できる活動を生み出し、市民中心の新たな文化創造ができると考える。
筆者は、このようにまちづくりを介して出会う多様なアクターとの新しい関係性の中で、文化芸術を媒介として価値共創が起こり、地域に好影響を与えていく状態を「共奏モデル」と名付けた。本稿のまとめとして、地域に「共奏」を起こすためのアイデアを提案したい。