2023.06.12 まちづくり・地域づくり
第4回 「音楽」を活用したまちづくりの成功要因① 文化は“振興”からまちづくりの“基点”に──音楽を活用した新たな仕組みづくり
イ 島根県美郷町
島根県美郷町では、2021年よりインドネシアの民族音楽である「ガムラン」によるサークル活動が行われている。美郷町は町域のほとんどを山林が占める中山間地域にあり、人口は1955年の1万8,742人をピークに年々減少、2015年には5,000人を割り込んだ。町の公式ホームページにも「町には高校や総合病院、ホームセンター、ドラッグストアがなく、ローカル線も2018年に廃線となった陸の孤島」と書かれた、厳しい過疎地域である。
こうした、一見何もない町でありながら、美郷町のガムラン楽団は団員約40人を擁する国内最大の規模を誇り、その活動はまだ数年ながら、町のイベントで演奏するほか、町外での演奏会に呼ばれたり、テレビ取材を受けるほど注目されている。
ガムラン楽団「ミサト・サリ」が結成された契機は、美郷町が30年以上にわたり交流を続けているインドネシア・バリ島のマス村との交流である。カヌーによる地域振興をきっかけに友好協定を結び、文化やものづくり、人材などの交流が行われてきた。同町でバリ文化振興アドバイザーを務めるガムラン演奏家の梅田英春氏がガムランセットを町に寄託したことを機に、町民によるガムラン楽団が結成された。
ガムランは「東洋の神秘のオーケストラ」ともいわれるが、西洋音楽のように楽譜があるものではなく、指揮者がいてプロの音楽家が演奏するというものでもない。儀礼や祭祀をはじめ、生活に根差したコミュニティの音楽であり、一人で練習するというものでもなく、集団でなければ演奏できない。
ガムランは1980~90年代のワールドミュージックのブームとともに日本社会への浸透が進んだ。日本におけるガムランの状況を網羅的に研究した増田(2019)によれば、2017年時点で国内には129セットのガムラン楽器がある。しかしながら、少なくとも54セットあるバリ・ガムラン楽器のうち12セットは休眠状態にあるとされている。集団での演奏が必須となるガムランは、楽器を輸入するだけでは活動を維持することが難しいということが、この数字に表れている。
一方で、こうしたコミュニティ型の音楽を奏でることは、インドネシアにおいては生活そのものであり、共同社会の維持に役立っているのである。顔が見える小さなコミュニティだからこそ、持続できる音楽活動もある。ガムランを指導する梅田氏は、美郷町でのガムランは都市部での趣味活動とは違い、「自分たちはガムランを演奏している。一人ひとりが主体性をもってやっている。楽譜も指揮者もいない音楽を、地域の共同体でつくり上げていっている。そのことがもう、町を成長させていくことにつながっているんです。音楽をつくって、町をつくっているんです」と語り、音楽を通じたまちづくり活動であるという認識を示している。
また、このガムラン楽団があることで人的交流も生まれている。地域おこし協力隊や外国語指導助手、マス村からの技能実習生なども参加しており、町外から新しく来た人たちが地域コミュニティ活動に参加するきっかけにもなっている。また、半数は町外からの参加者であり、特にメンバー募集などを行っていないにもかかわらず、愛好者たちが車で数時間かけてやってくるのだという。
一見、日本の田舎でバリ島の文化で町おこしというのは突飛なアイデアに見えるかもしれない。しかし、よく観察すれば、それは友好都市による文化交流の成果であり、地域風土に根差した取組みであることが分かる。小さな町がユニークな取組みにより地域コミュニティを活性化している好事例ではないかと思う。
ミサト・サリによるパフォーマンス(写真提供:美郷町教育委員会)
本稿では、三つの自治体の音楽のまちづくり事例を紹介した。次回も特色のある取組みを紹介し、共通点や成功するポイントを明らかにしていく。
〈議会質問のヒント〉
・文化政策の中核に位置する指針や方針は策定されているか。
・市民の文化芸術への参加度やアクセスに関する調査は行われているか。
・文化事業の実施評価について、どのような指標を設定しているか。
・地域の文化資源とまちづくりを掛け合わせた取組みは行われているか。
・補助金の分配は適正になされているか、評価基準に社会的インパクトが考慮されているか。
・都市部のコンテンツを誘致する前に、地元の文化資源の掘り起こしやメンテナンスがされているか。
(1) 一般財団法人地域創造「2019年度『地域の公立文化施設実態調査』報告書」(2020年)153頁。
(2) 楽器寄附ふるさと納税(https://www.gakki-kifu.jp/)。
■参考文献
◇工藤裕子(2018)「文化政策の今後と公民連携」『都市自治体の文化芸術ガバナンスと公民連携』(公益財団法人日本都市センター)224~243頁
◇中川幾郎(2017)「文化・芸術によるまちづくりの基本的な視点」国際文化研修2017年 冬 94号22~26頁
◇増田久未(2019)「日本におけるガムランの楽器を所蔵する施設とその活動の現状」音楽芸術マネジメント11号51~58頁