2023.04.25 政策研究
第37回 競争性(その6):垂直的競争
東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授 金井利之
垂直的対立と垂直的競争
国と自治体、あるいは、都道府県と市区町村が垂直的競争をするということは、重複する区域を管轄する政府X、Y間で、政策・事業に関して異なる内容を指向している状態である(図:緑色の矢印)。水平的競争にある政府A、B間では、区域の管轄が同一でもなく、重複もないので、その点が垂直的競争とは違っている。垂直的競争が起きているときには、重複する区域(Y市域)にある住民や企業などから見れば、政府Xの方が好ましい方針を打ち出している場合もあれば、政府Yの方が好ましいこともある。
例えば、Xがリニア新幹線推進で、Yがリニア新幹線反対であることはある。あるいは、Xが基地建設推進でYが基地建設反対のこともあろう。住民・事業者から見れば、政策競争が起きており、どちらの政策方針が妥当であるかをめぐって「競争」になっていると見ることができる。
しかし、通常は、こうした状態では、政府XとYとが対立していて事業が進捗しない、との見方が多いであろう。垂直的対立である。これは、そもそも事態の見方が、XとYとが一致協力するのが、それもXの政策・事業にYが従って協力するのが、「正常」だという発想に基づいているからである。しばしば、例えば、X及びXの支持者からすれば、以下のようになる。《リニア新幹線推進・基地建設という政策方針が「正しい」に決まっている。それゆえ、Yの方針は「間違っている」に決まっている。にもかかわらず、Yの所為で政策・事業の進捗が妨げられている》という理解になる。しかも、Yの抵抗でリニア新幹線や基地建設が頓挫すれば、結局、Yの政策方針にXが屈服したことになるから、ますますもってX及びXの支持者からすれば問題だということになる。
なお、Y及びYの支持者から見れば、真逆の理解となる。《Yの反対にもかかわらず、Xが政策・事業を強行することが間違いであって、Xが政策・事業を中止すれば「英断」である》ということになる。
政策競争の「正常」性・「異常」性
政府X、Yとの間で政策競争が起きているという見方は、X、Y間で政策論争・対立が起きていることを「正常」とみなすことである。市場競争では、企業A、B間で商品・サービスに差異があり、顧客をめぐって競争が起きているのが「正常」と考えられる。政党・政治家間競争では、政党・政治家C、D間で政策に差異があり、有権者の支持や投票をめぐって競争が起きているのが「正常」と考えられる。
自治体E、F間で政策に違いがあり、住民や企業の移住・移転競争が起きていることや、E、F間で政策の良否をめぐって論争が起きることを「正常」とするのが、自治体間の水平的競争である。もっとも、自治体(あるいは住んでいる区域)が異なるだけで、行政サービスが異なるのは不公平だ、という批判はあり得る。このような立場では、自治体間で水平的競争が起きているのは、不公平であって「異常」だということになる。このように、差異を「正常」と見るか、「異常」と見るかで、位置付けが変わってくる。
垂直的競争という見方は、政府X、Y間で政策が異なり、どちらの主張がより妥当かの政策論争が起きることが、「正常」だという見方に立つ。Xが「正しい」、あるいは、Yが「正しい」と、予断を持っている人(岩盤支持者)からすれば、政策論争は「無駄」であるし、「異常」である。しかし、XとYとのどちらが「正しい」かは、政策論争次第だという立場からすれば、垂直的競争は「正常」なのである。