2023.03.27 政策研究
第36回 競争性(その5):水平的競争と垂直的統制
東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授 金井利之
水平的競争と垂直的統制
「足による投票」論は、住民が移動することによって、市区町村同士など、同じ層(レベル)の中の自治体間を競争させることが前提になっている。一般に、権力関係とは、競争させる側が、競争する側より、有利である。いわゆる「分割統治」や「三角関係」と同じであるし、ネットワーク論の中心性の議論からも想定される。「足による投票」は、住民集団が一枚岩で、同質の住民集団をめぐって自治体同士が競争させられるときに、住民集団は各自治体を統制することができる。ただ、すでに述べたように、住民集団は一枚岩ではない。そのため、自治体の側から住民間を競争させ、選別することもできる。それゆえ、自治体が住民を統制している側面もある。実際の権力関係がどちらに有利に作用しているかは、実証問題である。
自治体間を競争させることができるのは、住民に限らない。むしろ、単一の主体としての国(中央政府)の存在が大きい。国は、多数の個人からなる住民と異なり、組織として単一である。それゆえ、国は、自治体間を競争させ、国の意向に沿う自治体を増やすように、垂直的統制をすることができる。このように、水平的競争は垂直的統制と相性がよい。もちろん、垂直的統制をするときに、水平的競争を利用しないこともできるので、水平的競争と垂直的統制の関係は一体不可分ではない。
垂直的統制とゼロサム競争
垂直的統制は、国が自治体間で競争をさせるときに、あるいは、国の意図とは関係なしに実態として自治体間で競争が起きているときに、作用する。典型は、補助金採択や公共事業の箇所付けである。
例えば、国の補助金総額は限られているから、自治体は補助金を獲得するために、相互にゼロサム競争になる。国の補助要綱を満たす必要が当然あるが、それは必要条件にすぎない。補助要綱による垂直的統制は、自治体間で競争がなくても作用する。しかし、それ以上に、国に対してアピールしなければ採択が見込まれないとすれば、水平的競争により、自治体は国の意向に合致するように、様々な対応をせざるを得ない。
古典的には、「官官接待」である。国の官僚を「飲ませ、食わせ、握らせ、抱かせ」るなどの接待である。もちろん、このような「官官接待」は、違法である場合には大々的に行うことはできないし、そもそも、官僚の判断は補助要綱などの基準に縛られるから、「官官接待」には効果がない場合もある。そこで、地元選出などの政治家の力を利用することもある。政治家から官僚に「口利き」や「圧力」を行使してもらうのである。これも、露骨なことはできにくくなっているかもしれない。
そこで、国の政策目的に合致するように、自治体は様々な貢献を提案しなければならない。そこでは、当該自治体の補助金申請を採択することは、いかに国が進めようとする政策や政局・政権運営に役立つかの「ストーリー」を語る。その前提として、自治体は大風呂敷の計画を立案することもあろう。このような自治体側の貢献提案が重要であるならば、そもそも、補助要綱(要件)を国が示すまでもない。むしろ、何でもいいから、多数の自治体から提案を出させ、その中から、国が最も適切だと考える自治体を採択すればよいのである。