2023.02.27 政策研究
第35回 競争性(その4):足による投票
政策の方向性の競争から政策の質量の競争へ?
自治体Xは、政策α0のままで、永遠に堕落できるとは限らない。自治体Wが現れ、政策α1を打ち出すかもしれない。こうなれば、A集団はこぞって自治体Wに転出するだろう。さすがにそうなれば、自治体Xは安穏と堕落し続けることはできなくなる。こうして、政策α(例えば土建事業)の中でも、旧来型の土建事業α0(例えば、大規模新規乱開発)から、新機軸の土建事業α1(例えば、機能修繕・リノベーションなど)に変わるかもしれない。このように、政策の方向性が同じでも、その質量の違いで競争は起きるだろう。
しかし、A集団が一枚岩ではないこともある。A集団の中でα1を嗜好するA1は、自治体Wに転出するだろう。自治体Xにとどまるのは、A集団の中でα0を嗜好するA0である。このような場合には、自治体Xは、α0のままであればA1集団を失い、α1に質量の政策転換をすればA0集団を失うかもしれない。どちらを選択しても、結局のところ、最終形態は、その初期選択に合致する部分集団のみが、当該自治体Xに残留することになる。こうして、自治体Xの堕落はさらに細分化して、自己再生産して続くことになる。
しかし、自治体Xがα1に質量の転換をしても、A0集団も歓迎するならば、A1集団もA0集団も失わない。とするならば、自治体Xの堕落には歯止めがかかる。この場合には、XとWの間で「足による投票」が機能することになる。
可動性の差違
これまでの議論は、人々は同じように居住地を選択できるとし、自治体の行政サービスが嗜好と合うか否かによって、転出又は残留を決定すると想定していた。その意味で、全ての人は可動性が非常に高い、という前提が隠されている。しかし、現実には、可動性の高低にも差違があり得よう。可動性がない人しかいなければ、「足による投票」は作用し得ない。いわゆる「退出(exit)」はできないから、「発声(voice)」によって、自治体に意見あるいは嗜好・指向・思考を伝えるしかない。そもそも、自治体の民主的統制は、「発声」を原則として考えてきたわけである。
自治体Xの中に、可動性の高いⅠ集団と、可動性の低いⅡ集団がいるはずである。Ⅰ集団は流動民・漂泊者であり、Ⅱ集団は土着民・地元民ということになる。「風の人」と「地の人」の違いでもある。1か所の住所への長期定住を、住民の原則的な姿と考える自治体からすれば、Ⅱ集団が重視されるべきかもしれない。しかし、「足による投票」論は、事実として、Ⅰ集団を重視しているという議論であるし、規範的にも、Ⅱ集団に比べて軽視されがちなⅠ集団を重視すべきということであろう。
集団Ⅱの中には、αを嗜好するⅡAと、βを嗜好するⅡBとがいるだろう。自治体Xがαを選択しようと、βを選択しようと、集団Ⅱは可能性が低いから自治体Xにとどまる。集団Ⅰの中にも、αを嗜好するⅠAと、βを嗜好するⅠBとがいる。「足による投票」の作用にはいろいろあり得るのは上述のとおりであるが、例えば、自治体Xが政策αを初期選択すれば、集団ⅠBは流出するので、経路依存的な自己再生産過程によって、自治体Xは、集団ⅡA、ⅡBと集団ⅠAから構成されることになる。その意味で、自治体Xは、α嗜好の住民Aだけの画一的な「パラダイス」又は「ディストピア」になるわけではなく、β嗜好の集団ⅡBが残り続ける。クローン的な「気持ち悪さ」はなくなり、意見・嗜好の多様性は保証されるかに見える。
とはいえ、集団ⅡBにとっては、常に嗜好に合わない政策αが続くので、まさに「政府の失敗」が予定されるわけである。集団ⅡBは、自治体Xの政策をβに変えさせるためには、投票その他の圧力政治活動で変えさせるしかない。自治体Xとしては、集団ⅡBに配慮しなくても、転出をすることはないので、「足による投票」を心配して政策転換をすることはあり得ないからである。問題は、集団ⅡBが選挙や圧力団体政治で、勝利するかどうかである。
上記の最終状態を想定すれば、集団ⅠAが増えて、集団ⅡAと合わせて、恒常的・自己増殖的な多数派(A)になるのであれば、集団ⅡBは選挙や圧力団体政治でも勝ち目はない。とはいえ、集団Ⅰは可動性が高く、逆に、選挙や圧力団体政治に興味がないかもしれない。選挙や圧力団体政治での勝負は、集団Ⅱの中の争いになるので、もしかすると、集団ⅡBが自治体Xで政権を握るかもしれない。このとき、自治体Xの選択は難しい。
政策βに転換すれば、集団ⅠAが転出してしまう。もちろん、可動性の低い集団ⅡAは転出できず、嗜好の合わない政策βを甘受することになる。とはいえ、集団ⅠAの転出を「損失」であると、自治体Xのβ嗜好の政権が考えるならば、あえて、政策転換を思いとどまるかもしれない。
しかし、そうなると、せっかく政権をとったβ嗜好の集団ⅡBの不満が爆発するだろう。自治体Xの運営は、Xに深い固着のある集団Ⅱではなく、自治体Xに居続けるとは限らない浮動的な住民、あるいは、将来的にはXに移住してくるかもしれないが今は外部にいて住民ではない人間という、集団Ⅰに向けて政策を打つとするならば、誰を見て運営しているのかという不満が生じるだろう。
それゆえに、集団ⅡBの嗜好に従って、政策βに転換するしかない。しかも、結果的には、集団ⅠBの転入が期待できるかもしれないからである。集団ⅠAを捨てても、集団ⅠBを引き寄せるので、集団Ⅰに対しては、「中立的」ともいえる。