慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授 田代光輝
1 インターネット選挙と地方自治体の選挙
2013年の参議院通常選挙からインターネット(以下「ネット」といいます)を利用した選挙運動(以下「ネット選挙」といいます)が解禁されました。これは公職選挙法の抜本的な改正ではありません。それまでネットを通じて配布される文字や画像は「文書図画」であると判断され、公職選挙法における「チラシの配布枚数制限」に抵触するとされていました。2013年の法改正で「ネットによる文字や画像」は「チラシの枚数制限には該当しない」とされ、ネットを選挙運動に利用できるようになっています。そのため、事前運動や投票日当日の運動は禁止のままですし、未成年による選挙運動も禁止されたままです。
しかし、対面による働きかけ、チラシ配り、街頭演説など、これまで有権者に声を届けるためには大変な労力が必要でしたが、ネットを利用することで、誰でも簡単に多くの人に自分の政策・プロフィール・実積などを知ってもらうことができるなど、大きく変わりました。
特に、地方自治体の選挙(以下「地方選挙」といいます)においては効果的です。国政選挙などはマスコミが取り上げる機会も多く、候補者もマスコミを通じて政策を訴え、知名度を上げることが可能です。一方で、地方選挙はテレビや新聞で取り上げられることも少なく(取り上げられるときは大体が悪いニュースのときです)、個別の候補者の政策等を有権者に知ってもらうには大変な労力が必要です(そもそもの「有権者の選挙に対する関心」が低いという課題も残っていますが)。有権者に候補者のことをよく知ってもらい、投票において正しい判断をしてもらうための有効なツールの一つがネットといえます。
2 プッシュ型メディア(マスコミ)とプル型メディア(ネット)
地方選挙において、ネットはどう活用されるべきでしょうか。それを考える上で参考になるサービスが、「飲食店の口コミサイト」(以下「口コミサイト」といいます)です。口コミサイトには食べログ・じゃらん・ぐるなび等、様々なサービスがあります。これら口コミサイトは、積極的にユーザー側に何かを働きかけるわけではありません。その多くは「検索サイト」経由で閲覧され、ユーザーが必要とする情報が引き出されます。このように「必要なときに検索エンジン経由などで引き出される」情報サービスのことを「プル型メディア」といいます。
一方で、テレビや新聞・ラジオなどは「必要の有無にかかわらず、勝手にユーザー側に送りつけられる」情報サービスであり、「プッシュ型メディア」といわれています。プッシュ型メディアは「無関心な人」にも勝手に情報を届けることができるため、多くの人の関心を喚起することができます。例えば、テレビで街中のレストランが紹介されると、翌日から多くの人が訪れる、等です。テレビでの露出が多い有名政治家が選挙に強いことと同じで、連日マスコミに登場する大臣や党幹部などが「知名度」という意味で選挙に強いのは、プッシュ型メディアによって興味のない人にまで関心を広げることができるためです。
プッシュ型メディアを選挙に例えるならば、街頭演説やミニ集会、チラシ配りや新聞広告などは、マスコミのようなプッシュ型メディアに当たります。選挙に関心のない人、議員個人を知らない人などに、選挙があることを認知させ、選挙で投票する選択肢に入れてもらうためには、積極的に街頭演説をしたり、ミニ集会などで有権者とひざ詰めで話し合いをしたり、ポスターやチラシなどで告知したりする必要があります。票を増やすためには(特にマスコミが取り上げてくれない地方選挙では)、現実世界での積極的な活動が必要で、これはネット選挙解禁以前と変わりません。
2020年初頭から流行した新型コロナウイルス感染症によって、多くの活動機会が奪われましたが、街頭演説(駅立ちや辻(つじ)立ちも含む)などで積極的に有権者の前に立ち、また感染予防をした上で政治活動報告書の配布などを行い、積極的に有権者にアピールし、有権者の「この人に投票したい」という選択肢に入っていきましょう。