2023.01.25 議会改革
第35回 判決に見る自治体議会─裁判所は自治体議会をどう見ているか─
5 裁判所の判決にどのように向き合うか
以上に挙げた判決は、あくまでも一部にとどまるものであり、議会の運営や活動については、膨大かつ広範な裁判所の判決が存在する。特に、戦後初期から1960年代にかけてのものが多く、今から見れば実に驚くほど多様な問題が訴訟に持ち込まれている(14)。それは、憲法の規定に基づき地方自治法により装いを新たにスタートした自治体議会制度の運用等をめぐる試行錯誤や混乱ぶりの現れと見ることもできそうだ。これに対し、争いが持ち込まれた裁判所は、法機関・紛争処理機関として、積極的に判断を示してきたといえる。裁判所の後見的な目線や姿勢にはやや気にかかるところもないわけではないが、当時においては民主主義や議会制度を十分には理解したとは言い難いような問題・紛争が少なくなかったことなどからすれば、やむをえなかったともいえようか。
その後、制度の定着や議会運営の安定などもあってか、自治体議会をめぐる判決は減少傾向をたどるが、2000年代に入ると、再び議会における紛争が裁判所に持ち込まれるケースが目立つようになってきている。
分権改革が進み、自治体議会については地方自治法の規律がかなり緩和され、その自律性が高まるとともに、その役割が拡大し、議会改革も進められてきているにもかかわらず、これをどのように見たらよいのだろうか。
その一つとして、それだけ自治体議会の活動が活発化してきていることに伴うものだとの見方もあるのかもしれない。しかしながら、その揺籃(ようらん)期においてであればともかく、議会での議論等の活性化が訴訟に結び付くとは思えず、むしろ、裁判所に持ち込まれる争いの内容を見ると、多様性や寛容性を欠いた硬直した議会の姿が浮かび上がってくる。
もう一つとして、自治体議会の役割等が大きくなるに伴って法化が進み、裁判所の法的統制の必要が高まっていることを指摘する議論も見られるが(15)、最近の自治体議会をめぐる紛争の増加との関係は明らかではなく、また、そもそも、自治体議会が憲法上の機関・住民自治の担い手として重要な役割を担うのであれば、そのためには、その民主的正統性が尊重されるとともに、その自律性が高められるべきであり、裁判所による法的統制の強化はむしろその逆ではないかとの疑問も浮かぶ(16)。
自治体議会の権能の行使については、住民の意思を反映した民主的な過程・判断に委ねられることが望ましいが、他方、裁判所は、多数派の恣意・横暴をはじめ民主主義の過程の機能不全に対して、人々の権利自由を守る観点などから、審査・統制を及ぼす役割を担っており、近年の自治体議会における民主主義の運用をめぐる問題状況に対し、その匡正(きょうせい)のため法的介入を強めざるをえなくなっているともいえる。自治体議会の重要性が強調され、その強化が進められる一方で、そのような事態が顕在化してきていることに対し、自治体議会として真摯に向き合う必要がある。
判決に現れるのは一部の病理的な現象にすぎないとの反論もあるのかもしれない。しかし、そこに顕現した問題を自分たち自治体議会の問題として捉え、考える姿勢がなければ、それは明日の己の姿やわが身となるかもしれないのである。
(1) 裁量が認められる場合でも、裁量の逸脱又は濫用の有無について審査が行われることからすると、裁判所の審査が及んでいるとの見方も可能である。
(2) 両議院の議事の手続・運営については、例外を認めるかどうかなどの点で議論は分かれるものの、議院の自律権を根拠として基本的に裁判所の審査は及ばないとするのが判例・多数説となっている。ただ、立憲主義、議事手続に対する法的統制の趣旨、憲法の議事手続規定の意義、適正な民主制過程の確保・維持に関する裁判所の役割などを考慮するならば、一切裁判所の審査の対象外に置かれるとすることには疑問があり、議事手続に重大かつ明白な瑕疵(かし)がある場合などには例外的に裁判所の審査が及ぶと考えるべきではないかと思われる。
(3) 議長等ではなく選挙管理委員・同補充員の選任についてではあるが、指名推選の方法を用いても違法ではないとした最判昭和35年2月9日民集14巻1号121頁、投票の効力に関する異議をめぐる福井地判昭和33年2月5日行裁例集9巻2号290頁、津地判昭和34年5月20日行裁例集10巻5号978頁などの裁判例がある。
(4) このほか、議会から公共事業を受注した会社の代表者でもある議員について地方自治法92条の2に該当するとした議会の決定が知事から取り消された場合において、同決定に賛成した議員の行為の国家賠償法上の違法性を否定した札幌地室蘭支判平成29年6月23日判タ1445号210頁(札幌高判平成29年12月14日控訴棄却・最決平成30年6月26日上告不受理)などもある。
(5) 町議会議員が被選挙権を有しないとする議会の決定を県知事が取り消した裁決について、当該議員以外の議員は「裁決に不服がある者」に該当せず、裁決の取消しを求める訴訟を提起する原告適格を有しないとした東京高判平成15年9月30日判時1852号65頁(最決平成16年3月9日上告不受理)などもある。
(6) 会議規則の議決に関しては、違法再議等の対象となりうると解さざるをえない一方で、一般的再議については、条例や予算以外の議会の議決もその対象とされているものの、権力分立や議会の自律性、規則制定権の保障の趣旨などからは、その対象とはならないと解すべきだろう。
(7) ちなみに、自治体議会について「部分社会」という言葉を用いたことはなく、山北村議会出席停止事件最高裁判決の後の富山大学単位認定事件・最判昭和52年3月15日民集31巻2号234頁が、同判決と同様の判示をした後に「一般市民社会の中にあってこれとは別個に自律的な法規範を有する特殊な部分社会」と述べており、これが部分社会論を確立させたものとみなされ、山北村議会出席停止事件最高裁判決はその先駆けと位置付けられることとなったものである。
(8) 他方、部分社会論の背景ともなっている多元的な法秩序観は、自治体法や自治立法の重視・強化にも通じるものであり、従来の国の法令中心の法システムから法や法主体の多様化・多元化などが進む中で、思想的に一定の意味をもちうるといえる。
(9) ただし、それが議会によって制限された場合にそれを訴訟で争う際には、当該議員の権利義務に関する主観訴訟となり、それが、内部規律の問題かどうかなどの点から、裁判所の審査の対象となりうるかが判断されることになるものである。
(10) 渋谷区議会質問時間制限差止等請求事件東京地裁判決も、議員の発言が、議員活動の自由の中核となる重要な行為であることを指摘した上で、議会運営委員会の申合せ等及びこれにのっとった議長の権限の行使が、議員の発言を一般的に阻害し、その機会を与えないに等しい状態を惹起(じゃっき)するなど、議員の発言の機会をはく奪するものと認められる場合には、これによる議員の議員活動の自由に対する侵害の排除を求める訴えは、一般市民法秩序に関わるものとして法律上の争訟に当たるとしている。他方、東村山市議会質問通告書不受理事件・東京地決平成3年9月19日判時1406号23頁は、議事の運営に関する事項における議会の自律的権能を重視し、議長の質問通告書の不受理処分により定例会において一般質問をすることができなくなったとしても、その効果は市議会内部での議員としての活動に関する一時的かつ部分的な制約にとどまり、一般市民法秩序に直接関係するものでないとして、不受理処分の効力停止の申立てを却下している。
(11) 例えば、小売市場事件・最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号586頁において、「法的規制措置の必要の有無や法的規制措置の対象・手段・態様などを判断するにあたつては、その対象となる社会経済の実態についての正確な基礎資料が必要であり、具体的な法的規制措置が現実の社会経済にどのような影響を及ぼすか、その利害得失を洞察するとともに、広く社会経済政策全体との調和を考慮する等、相互に関連する諸条件についての適正な評価と判断が必要であつて、このような評価と判断の機能は、まさに立法府の使命とするところであり、立法府こそがその機能を果たす適格を具えた国家機関であるというべきである」と述べているのが、その例とされる。
(12) この点、最高裁の述べるところに行政府主導の立法という現実を重ね合わせるならば、念頭にあるのは実は国会ではなく、行政府ということなのかもしれない。
(13) 条例について限定解釈の手法を用いたものとしては、本文の判例のほか、淫行処罰に関する福岡県青少年保護育成条例事件・最大判昭和60年10月23日刑集39巻6号413頁などもある。
(14) そのようなことを背景に、俵正市=館野幸夫編著『注釈判例地方議会法』(学陽書房、1968年)なども刊行されている。
(15) 自治体議会の規律の変遷としてその役割拡大とそれに応じた法整備などを指摘し、岩沼市議会出席停止事件最高裁判決の示す判断枠組みがそれと整合的であるとするとともに、それに伴う司法審査の役割を重視するものとして、勢一智子「地方議会の規律における司法権の役割」論究ジュリスト36号(2021年)150~157頁がある。
(16) 自治体議会に関する法律上の規律が緩められた分、司法がそれをカバーするということには必ずしもならず、自治体議会の位置付け・役割の高まりによる法的紛争の処理のあり方は、その自律性との関係で考えていくべきものとなるのではないだろうか。分権や自治の強化と司法の役割との関係は複雑といえる。
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