2022.11.25 政策研究
第10回 有機農業の普及で健全な地球環境の実現に貢献しSDGs達成を(1)
有機農業はGHG排出量削減に直結するのか
筆者の親しい友人が都市近郊で、野菜を中心に有機農産物を生産、販売している。彼の話から、有機農業の実践がGHG排出量抑制に結びつくかというと、必ずしもそうとは言い切れないと実感している。
例えば、有機農業で最も労力がかかる作業の一つが、雑草などの草刈りである。雑草など放っておけばよいといわれる方もいるが、本来、農作物に行くべき栄養が雑草にとられてしまうと農作物の出来栄えに大きく影響し、消費者の評価も下がってしまう。慣行農業、つまり化学肥料や農薬を使って行う従来型の農業では、雑草は農薬を散布して根絶やしにするので、それほど草刈りに手間がかからない。
ところが、有機農業では、農薬は安易に使えないので、手作業での刈り取りか、機械を使っての刈り取りとなる。手作業であれば、人間の作業に伴うCO2の排出のみであるし、作業をしなくても呼吸はするので、それほど問題はない。しかし、草刈り機などの機械を使えば、駆動のためにガソリンなどのエネルギーを消費し、CO2を排出する。電動の草刈り機も普及しつつあるので、この点はゆくゆくクリアされることが期待されるが、現時点では機械を使った草刈りはGHG発生源となることはほぼ確実である。
また、雑草抑制や病虫害発生抑制のために、耕作土壌を被覆する目的でビニールマルチを利用する(よく畑が、黒いビニールシートので覆われているのをご覧になったことがあるのではないだろうか。これをビニールマルチという)。このビニールマルチは石油からつくられており、ビニールを生産、運搬、廃棄する段階で、GHGが排出される。そのため、有機農業を実践するその友人に、「ビニールマルチを使わずに生産できないか」と問うたところ、「実際やってみたが、収量がガクッと減った」とのことであった。ちなみに、その友人のタマネギ畑の除草も手伝ったことがある。除草がしっかり行われると、そうでない場合に比べてより大きく育つので喜んでくれた。
有機農業の魅力は、やはり農薬を使わないという安心感と、化学肥料を使わないことによる食味の良さであろう。友人の野菜を買うお客さんも、そこに魅力を感じているようだ。
農林水産省の「平成27年度 農林水産情報交流ネットワーク事業 全国調査 有機農業を含む環境に配慮した農産物に関する意識・意向調査」(3)によれば、「オーガニック農産物等を購入している又は購入したいと思うと回答した者の理由は、『安全だと思うから』と回答した割合が87.5%と最も高く、次いで『環境に配慮した農業をしている生産者を応援したいから』(45.5%)、『健康上の理由から化学肥料や農薬を使用していない農産物を必要とするため』(28.2%)の順であった」とのことである。環境配慮もそれなりに評価されているが、やはり安全が大きな要因であることは間違いない。
有機農業を標榜(ひょうぼう)するハードルは高い
有機農業は、その価値を分かってもらった上で販売することが難しい。例えば、地元スーパーの産直コーナーに並べた場合、どうしても有機農産物は、味や香りはともあれ、外見的には見劣りする可能性が高い。そして、そのことを説明するための表示をしようとすると、慣行農業を行う農家から苦情が来るという。
有機農産物と表示できれば苦情も来ないのだが、表示を許されるためには、厳格な条件が定められており、特に都市近郊で有機農業を実践する場合、隣接して慣行農業を行う農場があれば、そこで使用する農薬や化学肥料が飛散してきてしまうため、どうしても農薬や化学肥料を防ぎ切れず、有機農産物認定はなされない。
有機農産物を標榜するためには、「有機農産物の日本農林規格」の基準に従って生産しなくてはならない。いくつかの条件があるが、①「は種又は植付け前2年以上化学肥料や化学合成農薬を使用しない」、「②周辺から使用禁止資材が飛来し又は流入しないように必要な措置を講じている」、③「組換えDNA技術の利用や放射線照射を行わない」に集約される(4)。筆者の友人も①、③は満たしているが、隣接して慣行農業を行う農地があるため、②の条件は満たしていない。上記すべての条件を満たせば、「有機JASマーク」を貼ることができるし、産直コーナーに堂々と表示が可能になる。
図1 有機JASマーク
だが、この有機JASマークを表示できるようにするためには、「有機食品のJASに適合した生産が行われていることを登録認証機関が検査し、その結果、認証された事業者のみが有機JASマークを貼ることができる」。この登録認証機関の検査は費用も手間もかかるので、よほど大規模で単一の農地でないと割に合わない。そして、「この『有機JASマーク』がない農産物、畜産物及び加工食品に、『有機』、『オーガニック』などの名称の表示や、これと紛らわしい表示を付すことは法律で禁止されて」いる(5)。
有機農産物を標榜することは、なかなかハードルが高いために、もう少し条件の緩い制度として、「特別栽培農産物」というカテゴリーも農林水産省によって設けられている。このカテゴリーでは、「その農産物が生産された地域の慣行レベル(各地域の慣行的に行われている節減対象農薬及び化学肥料の使用状況)に比べて、節減対象農薬の使用回数が50%以下、化学肥料の窒素成分量が50%以下、で栽培された農産物」と定義されている。この制度を利用する場合は、特に有機JASのような登録認証機関の認証もいらずに、表示可能である。ただ、有機JASに比べると、例えば完全無農薬で栽培している生産者にとって、そのことを明示できないこともあり、消費者への訴求力は弱い印象である。
そこで、より理解のある消費者に産直で販売することになる。地元で生産し、地元で消費する範囲であれば、輸送に伴うGHG排出を考えなくてもよいが、これが宅急便などを利用するとなると、輸送に伴いGHGが排出される。さらに、輸送に耐えうる状態に梱包することで、どうしても梱包資材が必要になる。さらに、鮮度を保つために、冷蔵状態での輸送となれば、梱包資材も、冷蔵を維持するためのエネルギーも消費されることから、それによって排出されるGHGも考慮する必要がある。
よって、せっかく有機農産物を生産したなら、なるべく地元で流通消費した方が、より環境負荷が小さくなる。こういった生産から流通、販売に至るトータルのGHG排出量を計算することを、LCA(Life Cycle Assessment)あるいはカーボンフットプリント、(Carbon Footprint)といって、現在研究が進んでいる。いくら有機農産物だからといって、沖縄で生産されたものを冷蔵若しくは冷凍状態で北海道に輸送した場合、LCAの観点から見て環境負荷が発生する。一般的には、農産物の輸送におけるGHG排出量は、生産から輸送、消費、廃棄までの総GHG排出量の1割程度といわれている。
それほどの割合ではないが、結論としては、環境負荷、特にGHG削減を考慮するなら、有機農産物はなるべく地元で消費されることが望ましい。