2022.07.25 議会改革
第30回 議員報酬を考える─議員報酬をめぐる議論と動き─
6 議員の年金問題
自治体議会の議員については、何か特別の年金制度が設けられているわけではなく、基本的には国民年金に加入することになる。
これに対しては、自治体議会の議員が被用者を対象とする厚生年金に加入できるようにすることが、なり手の確保にも資するとして、自治体議会の議員を厚生年金の対象とすることを求める意見が全国三議長会をはじめ多くの議会から出されている。
この点、かつては地方議会議員年金制度が存在していた。すなわち、旧地方議会議員年金制度は、1961年に公的な互助年金制度として設けられ、その後、地方議会議員年金制度とされたが(36)、平成の市町村合併に伴う議員定数の削減が予想以上に進展したことなどもあって、財政状況が悪化し、持続的な制度として存続させることは困難であると判断され、2011年に廃止された(37)。なお、その際、衆参両院の総務委員会で、「地方議会議員年金制度の廃止後、概ね一年程度を目途として、地方公共団体の長の取扱い等を参考として、国民の政治参加や地方議会における人材確保の観点を踏まえた新たな年金制度について検討を行うこと」とする附帯決議がなされている。
この附帯決議を受けて、検討・議論が行われてきているが、自治体議会の側から要望が出されている議員の厚生年金加入について、政府側からは、自治体議会における人材確保に資するということは考えられるとしつつも、課題として、①保険料の2分の1の事業主負担としての公費負担に理解が得られるか、②厚生年金保険法等に定められている被用者要件、労働時間要件等に対する法的手当をどうするか(38)、③互助年金制度が廃止された国会議員とのバランスをどうするか、などの点があるとの認識が示されている(39)。そして、自治体議会議員が厚生年金等に加入した場合の公費負担について、総務省において一定の前提の下に行った試算によれば、毎年度、年金で約160億円、医療保険で約100億円になるとし、この問題は議員の身分の根幹にかかわることであり、国民の声や議員の声もよく聞きながら検討がなされる必要があるとの考え方も示されているところである(40)。
全国三議長会の側からは、一般の会社員や若い人が議員になりたいと思う場合や、議員の経験を生かして他の職へ転身する場合でも、切れ目なく厚生年金に加入することができ、老後の生活や家族の心配を軽減し、議員に立候補する環境の改善に寄与するとともに、多様な人材の確保にもつながる、新たな公費負担の問題は、制度上の事業主負担であり、一般職である地方公務員や同じ特別職である首長でも公費負担がなされているといった主張などもなされているが、自治体関係者の間でも異論がある中で、やはり国民の理解がどの程度得られるかがポイントとなってくるだろう。この問題は、社会保障制度改革の一環として検討が行われている厚生年金適用拡大の動向など年金制度のあり方も関係してくることになる。
議員報酬や年金の問題が、議員のなり手の問題にも影響している面があるとしても、提案されているような措置が、議員のなり手や多様性の確保につながるものかどうかは、多分に水掛け論となりそうだ。いずれにしても、議員のなり手や多様性の不足は、複合的な要因によるものであり、総合的な視点・アプローチが必要となるといえるが、同時に、議会・議員の活動や議員報酬等の実態について、国民や住民の理解を深めること、そしてそのためにも、議会の役割を強化し、アピールする努力・取組みが不可欠といえるだろう。
(1) 内務省の資料(『改正地方制度資料 第1部』(1947年)地方制度改正関係答弁資料1296~1297頁)によれば、地方議会の議員に報酬を支給できることとしたのは、地方公共団体の事務が著しく複雑多岐を加え繁劇となってきたので、執行機関のみでなく議員や参事会員の職務もまた相当に多忙となり、有権者の増加に伴って出費も増加する実情にあるため、また、議員は選挙に多額の費用を要するほか、議員としての交際等のためにも相当多額の費用を必要とするため、明確に議員にも勤務に相当する報酬を支給することができる建前とする方が適当であると考えられたものとされている。
(2) このことは、議員の報酬について月額又は年額によるべしとする反対解釈を許す趣旨ではなく、法律的には議会の議員の報酬に関する支給原則については、全く触れていないと解すべきものとされ、議員報酬を月額か日割か年額とするかは各自治体が自主的に定めうべきものとされてきた。長野士郎『逐条地方自治法〈第10次改訂版〉』(学陽書房、1983年)589頁参照。
(3) 議員の報酬をめぐる全国三議長会や自治体議会による要求や運動は、執行部常勤職員並みと国会議員並みといった二つのベクトルをもって展開されてきたといわれる。
(4) 全国三議長会は、国会議員については憲法49条で「歳費」を受けると規定されていることから、これと同様に「歳費」とするよう要望していたが、歳費は本来1年を基準として金額を定める支給金を意味するものであり(ただし、国会議員の歳費は月額で支給されている)、また、自治体の中には議員の報酬を日当制としているところもあることなどから、議員に対する報酬の固有の名称として「議員報酬」とされたものといわれる。松本英昭『逐条地方自治法〈第9次改訂版〉』(学陽書房、2017年)740頁参照。
(5) 松本・前掲注(4)741頁。なお、そこでいう報酬とは「一定の役務の対価として与えられた反対給付」を意味するものとされている。
(6) 第24回国会・参議院地方行政委員会会議録36号。
(7) 堀内匠「自治体議員報酬の史的展開」自治総研通巻456号(2016年)72頁参照。
(8) 最判昭和53年2月23日民集32巻1号11頁は、議員の報酬請求権を公法上の権利であるとしつつ、その譲渡について、地方自治法、地方公務員法にはその譲渡・差押えを禁止する規定はなく、また、旧民事訴訟法618条1項5号の「官吏」には地方公務員も含まれるが、地方議会の議員は、特定公職との兼職を禁止され、当該自治体と密接な関係のある私企業から隔離されるほかは、一般職公務員に課せられているような法律的拘束からは解放されているのであって、議員の報酬は一般職公務員の「職務上ノ収入」とは異なり、公務の円滑な遂行を確保するために旧民事訴訟法618条1項5号の趣旨を類推して議員の生活を保護すべき必要性はなく、議員の報酬請求権は、当該自治体の条例に譲渡禁止の規定がない限り、譲渡することができるとした。また、差押えについては、旧民事訴訟法618条に関するものであるが、自治体議会議員の報酬請求権への類推適用を否定し、差押えの対象となるとする、大阪高決昭和33年8月19日下級民集9巻8号1645頁、仙台高決昭和39年7月1日判時385号55頁などの裁判例があり、民事執行法152条1項においても、議員の歳費や報酬は給料債権には該当しないと解されている。
なお、現在においては公権か私権かを区分する必要性は低下しているほか、議員の報酬請求権の譲渡の問題と差押えの問題は必ずしも一致すべき問題ではない。両者の問題ともに、議員報酬の生活給的色彩が強まっていることを指摘し、制限の対象となりうるとする学説もなお少数にとどまるものの散見されるようになっている。ちなみに、議員の報酬請求権について、その性質により、議員でいる間、議員報酬をもらう権利(議員の身分と一体不可分の抽象的な権利である基本債権)と、基本債権の存在を基礎として金額や対象年月、支払日などが具体的に決まっている請求権(支分債権)とに区分するならば、譲渡や差押えが可能とされるのは、支分債権としての議員報酬請求権である。
(9) 1966年の「議員の歳費等に関する調査会」答申と1982年の「議員関係経費等に関する調査会」答申。
(10) 宮澤俊義(芦部信喜補訂)『全訂 日本国憲法』(日本評論社、1978年)374頁。
(11) 樋口陽一ほか著『注解法律学全集3 憲法Ⅲ』(青林書院、1998年)89頁(樋口陽一)。
(12) 昭和27年4月24日行政実例は、①議会閉会中の審査の付託がなされていない場合に、常任委員会が委員長の招集により開かれ、それに出席した議員、②議会開会前、予算及び条例の内示等のため、市長からの要請に基づく委員長の招集により常任委員会に出席した場合、③議会閉会中、市長の要請又は議会の必要に基づき議員協議会(全員)に出席し又は議長が各党代表と協議するため参集を求めたので出席した場合には、いずれも費用弁償を支給すべきでないとし、昭和33年5月7日行政実例は、議会の閉会中に、議決に基づかないで招集された、①議会運営委員会(申合せによるもの)、②各党代表者会議、③全員協議会に出席した議員に対して費用弁償を支給することは、地方自治法204条の2に抵触するとしていた。また、大阪高判平成16年6月30日裁判所ウェブサイトは、委員会以外の会議を正規の会議として設置運営することは憲法ないし地方自治法の趣旨に反して許されないとした上で、同法203条3項(現2項)にいう「職務」は、正規の会議に出席する場合等に限られるものであるから、本件協議会等が公的な色彩をもつものであったとしても、あくまで事実上の集会というほかなく、これらの会議に出席することも議員の職務ということはできないとした。