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2021.05.25 政策研究

第14回 地方性(その5)

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地方学の一般性

 微細団体研究という方法は、新渡戸がアメリカ留学中に、アメリカ憲法・憲政を理解するには、小さな自治団体の研究から始めるという方法論から、学んだようである。小さい手の届く範囲を研究し、それを伸ばしていくと、大きなことに応用できるという発想である。実際、時代はもっと後になるが、戦後アメリカ政治学の古典、ロバート・A・ダール『統治するのはだれか』3は、一つの小さな基礎的自治体の総合的調査から、アメリカ政治全体の多元主義政体を推論するものである。その意味で、学術的に地方学を進めると、同時に、日本や帝国主義(あるいは、植民政策)も見えてくる、という発想である。
 この点は微妙な自己破壊的機能がある。特定の地方を研究することは、その特定の地方を知ることではなく、日本や世界という大きな社会を知ることのための手段であり、代表的・典型的ケースという位置付けを与えられることになる。こうなると、特定の地方に特有の現象は消えてしまいがちである。もっとも、特定の地方のことを徹頭徹尾に調査研究しても、その外部の人間にとっては、そもそも意味が感じられない。それゆえ、地方学に限らず、特定の地域・個体などに絞った研究は、同時に当該対象(ここでは当該地方)に対する関心をあらかじめ固有に持つ者以外の人間にも広く意味がある、と主張せざるを得ないこととも関係している。
 実際には、新渡戸の頃の地方学が、平凡かつ平均的な日本社会論につながるほど、当時の日本の各地方は平板化・平均化・画一化していなかった。結局、多様性と差異性が相互に残り、比較が重要視され、その知見の蓄積という意味で、大きな社会が見えてくるということだったのであろう。その意味で、一様な地方学という意味での一般性ではなく、多種多様な地方間の相互比較対照という一般性なのである。

田舎学対都会学

 上記のとおり、新渡戸にとって地方学は、農政学のための総合知識であり、農村学であり、田舎学(Ruriology)である。それは「都会学」・「都市学」ではない。つまり、都会と異なる田舎の研究である。そして、一国社会が都会と農村から構成される以上、田舎学・農村学を一般化しても、その一般化には限界があるはずである。ただし、一国社会の基礎が都会ではなく農村・田舎にあるという、一種の農本主義的な視点に立てば、地方学の一般性は可能であるし、可能でなければならない、ということになる。「地のかたち」(地方)は、そのまま「国のかたち」(国体)につながるのである。
 一国社会の基礎が農村・田舎にある、あるいは、農村・田舎の微細的な論理が、一国社会の推論に役立つということである。これは、一国の政治経済文化など一国全体が、郷土(ふるさと)を出て「上京」した「田舎者」が「立身出世」することによって、支配されていた(「故郷に錦を飾る」)ことを前提にする。確かに、薩長藩閥支配という明治国家は、西南雄藩出身者が江戸を軍事占領した「GHQ」政権である。また、新渡戸は今日の岩手県の出身者であり、それは、医系官僚政治家である後藤新平や、藩閥政治を弱体化させた政党政治家・原敬も同様である。西南雄藩に限らない地方圏出身者が、東京・日本全体、さらには、植民地・帝国をも支配してきたのである。このような、二重の意味での〈地方支配〉があった。すなわち、地方圏出身者が国政を支配し、そうした国政為政者が地方制度や地方改良運動などで地方圏(さらに植民地)を支配する、という戦前国家のイメージを内包している。

郷土研究

 新渡戸が暫定的に採用していた「地方」は、その後、「郷土」という用語に置換されていった。新渡戸自身、「地方」と「郷土」を互換的に、そして、前者から後者へ発展解消的に、利用している。『農業本論』の執筆時に「地方」という用語を採用したのは、昔から伝えられて来た用語を借りただけであって、その後の「郷土」が意味するものと中身は同じという4
 新渡戸が西洋から帰国後の1910(明治43)年12月に、新渡戸を主催者かつ会場としての自宅提供者として、そして、柳田國男を幹事役として、「郷土会」が設立された。また、若干先行して、柳田は1907年頃に「郷土研究会」を立ち上げていた。柳田も農政官僚であって農政学にも関心があり、同時に、地方改良運動に官僚として大いに疑義を持っていた人物である。地方改良運動を進めた官製民間団体である中央報徳会の1907年2月14日の例会で、新渡戸の講演「地方の研究」を柳田は聴いていた。そして、柳田の郷土研究会のメンバーは、新渡戸の郷土会にも参加していったのである5
 そこでは、地方学=郷土研究は、農政、自治政、教育などに不可欠な位置付けでもあるが、同時に新渡戸は上記講演で、政略ではないと述べる。つまり、自治体をよくしようとか、教育上必要であるとか、実際上の目的を果たすための方便だけではないとする。学問として面白く、また、あまり同時代的に進んでいないので、科学的・学術的に研究するとすぐに大家になれるとも主張している。先の主張とは少し異なっている6
 その意味で、政策実践の知識だけではなく、学問として体系化していく道も持っていた。郷土会では地方学のような総合的な研究が進められていた。

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