2021.05.25 政策研究
第14回 地方性(その5)
東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授 金井利之
地方学の総合性
新渡戸稲造によれば、農政学(1)のためには地方学(Ruriology、Ruris=田舎、Logos=学問・論理)が必要になるという。実際に新渡戸が留学したドイツやアメリカでは、小さな田舎を講究し、単に農業・農政・農業改良だけではなく、風俗、歴史、法律、経済、言語、地方自治体、信用組合などの多面的研究をしていた。その意味で、農学の範囲は広大に及ばざるを得ないという。それと同時に、いわば、当時の顕微鏡を用いたバクテリアなどの学問によって、人体の研究が推論されてきたように、微細の田舎の研究によって、一国・帝国の政治経済の研究にまで至るという構想である。地方改良運動の中の町村是調査は、こうした地方学の材料を提供することで、非常によいことだと考えていた。
地方とは、土地に関連はするが地面そのものではなく、土地に関係する農業なり制度なりその他百般である。以前は「地形(ぢかた)」とも書いた。いわゆる地形(ちけい)のみに限られず、「土地と人間生活の関係」の総体ともいえよう。「田舎学」とも言い換えている(2)。地方を徹頭徹尾に調査研究する総合研究である。具体的には、氏名・地名、家屋建築、村の形、土地分割、言語・唄(方言・リズム)などの研究である。
もはや地方学は、農学・農政学には収まらない。一定の小さい面積を定めて、そこの歴史・人情・地理など、いわゆる地方に関する事柄をことごとく研究するわけである。それは趣味的に面白いというだけにとどまらない。これは、自治制度を全うするためにも、他地域に逃げていく青年を土着させるためにも、教育するためにも、必要だと主張されている。
新渡戸は、農政学のためには、より幅を広くして地方学が必要だとした。同様に、本論の関係でいえば、自治体の政治行政の運用のためには、あるいは、自治体行政学のためには、地方学という総合的知識が必要というわけである。