2021.03.25 議会改革
第18回 議員の懲罰等とそのあり方
5 リコール
選挙権を有する住民は、所属の選挙区におけるその総数(選挙区がないときは選挙権を有する者の総数)の3分の1以上(8)の者の連署をもって、その代表者から、選挙管理委員会に対し、議会の議員の解職の請求をすることができ、請求があったときは、直ちに請求の要旨を公表するとともに、選挙人の投票に付すものとされている。解職の投票において過半数の同意があったときは、当該議員はその職を失うことになるが、最低投票率などの定めはなく、投票率の多寡にかかわらず、有効投票の過半数が解職に賛成であれば、解職が成立する。
なお、議会そのものが住民の意思を反映しなくなったような場合には、議会の解散請求も認められている。解散請求は、議員の任期満了前に、現在議員による議会の構成を廃止し、新たな議員による議会を構成するため、議員の一般選挙を要求するものであり、解職請求と同様の請求要件・成立要件とされている。
議員の解職請求は、いわゆるリコール制度であり、憲法15条1項が保障する国民の公務員の選定罷免権に基づくものである。解職の理由は問わないものの、議員が住民代表として適格性を欠くなどの場合の最終的な手段ということができるだろう。議員が解職されるのは、住民投票の結果(住民の判断)によるものであって、その手続等に瑕疵があるとして争訟で無効とされない限り、その是非を法的に争う余地はないといえる。
議員の解職請求の件数は、実際には多くはなく、成立することもあまりないようである(9)。ただ、議員の解職請求については、多数派等による濫用のおそれが地方自治法案の審議のときから指摘されてきたところである(10)。特に、杞憂(きゆう)かもしれないが、裁判所の審査の対象となることを踏まえると、あるいは4分の3以上の多数の同意の確保という点から、議会での除名が難しい場合に、多数派が主導する形で解職請求を行い、それによって少数派の議員の地位を失わせるようなことがあるならば、それは議会制民主主義にとって重大な問題となりかねない。
以上、見てきたように、議員の懲罰や問責などをめぐっては、様々な懸念や批判が生じてきており、訴訟に持ち込まれるケースが増えている。裁判所は、議会が自律権の名の下に特定の議員(少数派)に対し懲罰権などの濫用によりその言論を抑え込み、名誉等を侵害するおそれが生じていることは認識しつつ、それらをすべて司法審査の対象とすることは、自治体議会の内部規律に関する自律的権能を否定するに等しい結果となりかねないとして、なお慎重な姿勢を示していると見ることができるだろう(11)。しかし、懲罰の濫用の防止やけん制については議員の良識や政治活動、住民の監視に委ねるほかはないとするのも、病理的な現象が拡大しつつある状況の下では、ナイーブすぎる議論のように思われる。そのような中で、最高裁が、出席停止の懲罰にまで審査対象を広げたり、辞職勧告決議での名誉毀損を認容したりするようになっていることについて、自治体議会の側も自分たちの問題として認識すべきだろう。また、戒告・陳謝についても、対象となる者の名誉・信用などの人格権に重大な影響を及ぼし、その侵害につながるおそれがあるとの指摘が学説などで強まりつつあることも念頭に置く必要がある(12)。裁判所が審査を差し控えるのは、その論理がどうであれ、議会の自律的な判断・処理に委ねようとするものであるが、その建前を自治体議会の側が自ら掘り崩しているとはいえないだろうか。
現在の状況から見えてくるのは、忖度(そんたく)せずに異論を唱え調和を乱す者に対する閉鎖性や不寛容さであり、対話の欠如である。そこでは、敵と味方が峻別(しゅんべつ)され、多数派・少数派ともに、ともすれば理性や合理性を欠き、感情が先行すると同時に、都合の悪い意見には耳を傾けず、代表としての自覚を欠くような言動に走る姿が浮かび上がってくる。同調圧力の強まりや、インターネット・SNSを通じた一方的な情報発信、攻撃的・扇動的な言動の横行などがそれに拍車をかけているようにも見える。
議会改革の動きが活発となる一方で、議会としての健全性を欠くような状況が現出してきていることについては、議会の役割を重視する者として戸惑いを覚えざるをえない。自治体において議会は討議・対話の場ではなかったか。
昨今、代表民主制の危機とともに、ポピュリズムや全体主義的な傾向の強まりなどが指摘されるようになっており、これらは自治体議会にも影を落としてきているといわれる。議会における秩序や品位を保持していくためには規律や相互監視・けん制なども必要ではあるが、それが行き過ぎることで、異論を封じる動きとなったり、排除の論理が働きやすくなったり、あるいは誹謗(ひぼう)や孤立を恐れて発言しづらくなったりしてはいないだろうか。議会において何よりも重要なのは多様性や異論の存在である。ドイツの社会学者マックス・ヴェーバーは、その著『職業としての政治』(脇圭平訳、岩波文庫、1980年)で次のように結んでいることを最後に紹介しておきたい。
「どんな事態に直面しても『それにもかかわらず!』と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への『天職』を持つ。」
(1) このほか、議員が地方自治法100条に基づいて関係人としてした発言については、議会の構成員である議員としての発言とはいえないから、懲罰理由に当たらないと解すべきとした裁判例(福岡高決昭和42年3月16日行裁例集18巻3号230頁)がある。
(2) 総務省地方自治月報59号の「懲罰処分に関する争訟の状況に関する調(平成28年4月1日から平成30年3月31日まで)」による。このほか、出席停止の処分について審決の申請却下・仙台地裁で却下判決がなされたものが1件とされているが、この事案が後述の岩沼市議会出席停止事件最高裁令和2年判決による判例変更につながったものである。
(3) 前者は、議会の会議規則中の議員懲罰に関する実体規定を規則制定前の議員の行為に適用し懲罰議決をすることは違法としたものであり、後者は、地域の会計員として職務上保管中の環境改善費を横領したという除名の理由は、仮にかかる事実があったとしても議会と全く関係のない行為であるとして除名を違法としたものである。
(4) 弥富市議会でオンブズマン活動に従事し住民訴訟を提起した議員に対し辞職勧告決議がなされ、反発の声が上がったのを受けて、市民オンブズマンが提出した、市議が議会以外の場で行政の監視・是正行為を自由にできることを決議するよう求める請願を採択した例、岐阜県七宗町議会において一般質問で議会から許可されなかった質問内容を議員活動報告書に掲載したことが「本来公表するべきでないものを公表した」として辞職勧告決議を受けた議員が、議員活動の自由や名誉が侵害されたとして町に対して国家賠償請求を提起した例など。また、その当否はともかく、最近では、議員のホームページやブログなどでの情報発信を問題視して議員の辞職勧告決議や問責決議を行う例も増えているといわれる。
(5) しかも、裁判所は、議会内の議員としての行為を対象とする議会の措置であっても内部規律の問題にとどまるものかどうかは事案に応じて個別的に判断する姿勢をとってきているようであり、この点は、昨今の自治体議会の問題状況も関係しているようにも見える。
(6) ただしその場合でも、判決確定までは無罪の推定が働いていることにも注意が必要であることは、これまでにも述べてきたとおりだ。
(7) 衆議院での話となるが、第25回国会1956年11月27日衆議院本会議で、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言の批准について承認を求めるの件等について討論を行った中曽根康弘議員の発言が議長によって全部を取り消されるといった事態を生じた。同本会議録7号での当該発言部分は次のような記載となっている。
○中曽根康弘君 ━━━━━━━━━ 〔「党を代表してないじゃないか」「議事進行」「議長、休憩々々」と呼び、その他発言する者多く、議場騒然〕
……休憩……
○議長(益谷秀次君) 先ほどの中曽根康弘君の演説については、自由民主党から全部を取り消す旨の申し出がありました。議院運営委員会はこれを了承いたしましたので、議長は、同君の演説全部を取り消し、これを会議録から削除いたします。(拍手)
(8) その総数が40万を超え80万以下の場合には、その40万を超える数に6分の1を乗じて得た数と40万に3分の1を乗じて得た数とを合算して得た数、その総数が80万を超える場合には、その80万を超える数に8分の1を乗じて得た数と40万に6分の1を乗じて得た数と40万に3分の1を乗じて得た数とを合算して得た数とされている。選挙区がない場合も同様である。
(9) 総務省地方自治月報55~59号の「議員、長及び副知事・副市町村長等の主要公務員の解職の直接請求に関する調」やインターネットで確認できたところによれば、2000年以降に議員の解職請求が成立し投票により解職されたのは、2005年の千葉県和田町議会議員、2013年の広島県議会議員、2020年の群馬県草津町議会議員の3件であった。
(10) 例えば、地方自治法案を審議した第92回帝国議会1947年3月25日貴族院地方自治法案特別委員会(同会議録3号)で、憲法学者でもある宮澤俊義議員は次のような指摘をしている。「解職の規定ですね、……私の伺ひたいのは議員の場合ですけれども、……請求があると、又それを投票に付して、それで多數で決めるのでございますね。……解散の請求の場合と、長の解職の請求の場合は宜いと思ふのですが、それと個々の議員の解職の請求と云ふことは、ちよつと性質が違ふのぢやないですか。殊に問題にしなければならないのは、議員の選擧の場合には、大選擧區單記で少數代表と云ふ意味が入つて居ると思ふのですが、それで議會自體を解散してやり直すと云ふことになれば意味はあるのですけれども、個々の議員と云ふことになると、個々の議員の解職を請求して、それを選擧で決めると云ふことになると、考へ樣に依つては少數代表の精神に反するじやないか。詰り折角法律で少數代表と云ふ制度を認めたのに、さう云ふ解職請求を認めると、まあ場合に依つては多數黨が濫用して、少數時代の精神を蹂躙することになると云ふ懸念がありはせぬかと思ひますが、さう云ふ點はどう云ふ風に御考になつて居りませうか」。これに対して、鈴木俊一政府委員は「……御懸念になります點も御尤もと思いますが、……其の地位は之を失はせる必要がある場合があらうと思ひます。例へば涜職等がありましても、なかなか裁判の方の手續が進行しない、住民が或は相當之に對して反撥する空氣が強いと云ふ場合には、解職請求が起つて參ると思いますが、……それに依つて其の地位を失はしめます場合は、矢張り三分の一以上の選擧人から請求をして、而も過半數の其の選擧區内の選擧民が了承したと云ふ場合に、之を失職させると云ふことになる譯でありますから、非常に其處に、濫用が行はれるとすれば、御懸念の點もあると思いますけれども、左樣な條件があり、且一度解職請求をすれば、あと一年間はやれない、又選擧も一年間はやれないと云ふやうな制限が附いて居りますので、さう濫用になる氣遣ひはないのではないかと云ふ風に考へて居ります」と答弁している。
(11) この点について言及するものとして、例えば、議員の戒告処分の取消請求を棄却した先述の大阪高裁平成13年9月21日判決など。
(12) 岩沼市議会出席停止事件最高裁令和2年判決は、自治体議会に関する部分社会論を否定し、戒告・陳謝の懲罰も、裁量権の逸脱・濫用の問題として司法審査の対象となりうることを認めたものと解する余地もないとはいえない。
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