2021.03.10 議員活動
第6回 決定と議会
6 利益と決定
決定には、どのような事柄が影響しているのだろうか。従来は、「利益」、「制度」、「理念」が決定に影響を与えるものとして取り上げられてきた。本稿では、その中からいくつかの考えを取り上げ確認する。最初に、「利益」と決定についての議論から始めよう。
(1)カルドア─ヒックス基準、最後通牒(つうちょう)ゲーム
説得には、(少なくとも一人の状態が改善され、誰も悪化しない状態である場合に政策を実施することが望ましいと考える)パレート基準に合致するような政策が期待されるかもしれない。しかし、そのような政策が形成されることはまれであろう。パレート基準を満たさないような場合であっても、(状態の改善された者が状態の悪化した者に対して補償を行うことで、結果としてパレート基準が満たされる)カルドア─ヒックス基準に合致する政策があるかもしれない(北山 2015a:122-123)。説得には、様々な工夫が求められる。例えば、自治体政府の政策が一部の市民にとってマイナスとなることもある。ごみ処理場が自宅近くに建設されればマイナスと考えるだろう。パレート基準を満たさないような場合である。しかし、ごみ処理場に近接してスポーツ施設やコミュニティ施設、近年では介護関連施設が立地している場合も少なくない。そのようなプラスとなる施設を立地させることで、トータルで見れば自治体政府の政策はカルドア─ヒックス基準を満たすこととなる。
また、人々は以前の状態から、よりよくなるからということだけに気をつけるのではなく、他の人との関係がどうかも気にする。自分がどんなに得する話であっても、他の人から悪い評判を受けてしまうようであれば、それには積極的にはなれない。公平感から見て、おかしい、不公平だと感じたら、パレート基準を満たしているからといって、その状態が受け入れ可能なものとはならないのである。こういう心理状態を最後通牒ゲームという(北山 2015a:124-125)。
このように、カルドア─ヒックス基準、最後通牒ゲームからは、議会にも試行錯誤することの必要性と人間心理の複雑性を学ぶことが求められていることが分かる。
(2)インクリメンタリズム、潜在的利益集団
「インクリメンタリズム(漸進主義)」により政策を分析することは、限られた時間とエネルギーを節約する方法であるが、安易なインクリメンタリズムは、政策を適正なものから乖離(かいり)させてしまう。予算編成過程においては、この傾向が見られる。一度予算が位置付けられると、インクリメンタリズムのもとでは、大規模な改革がない限り予算は継続しやすい。議会には安易なインクリメンタリズムに陥りやすい行政を制御することが求められている。
また、首長が潜在的利益集団(普段は組織化されていないが、利益損失について目を覚まして組織的に行動し始め、政治の舞台に登場してくるような集団(北山 2015b:164))と結びついている場合、議員は注意を要する。首長が、ある政策を実施することにより、「多くの人が得をする、損をするのは少数の抵抗勢力だけである」と主張したときには、議員は注意しなければならないということである。連載第5回において述べたように、自治体や国は必ずしも利益を求められない存在である。利益を求められる存在の企業とは異なる。自治体議会、議員もそのことを忘れてはならない。