フューチャー・デザイン:「今」の世代と「将来」の世代の幸せのために
全く異なる提案をする仮想将来人
京都府は南部の10の市町に水を供給しています。これらの市町の人口減少や社会インフラの老朽化、財政の逼迫度合いなどは大きく異なっているのです。2018年度において、京都府営水道連絡協議会は、10の市町の水道事業担当課の職員を対象にFDを実施しました。「今」から「将来」を考えると、管路の耐震化が最重要課題になったのですが、同じ職員の皆さんが「将来」から「今」を考えると、全く異なった提案をしたのです。204X年、大地震でぐちゃぐちゃになった管路を以前どおりに復旧するのではなく、地域ごとに分散型の「中水」システムを導入するという提案です。このためにも、安価な浄水技術の開発が必要という新たなイノベーションの方向も示したのです。
他方、希薄になりがちな市民のつながりを求めて、宇治市では「かんがえよう これからの地域の未来。」と題するFDワークショップを開催しました。数多くある古くなった集会所をどうするのかがきっかけでした。一般公募の市民32人を8班に分け、様々な討議をお願いしました。「今」から「将来」を考えるセッションでは、一つの班の4人中、1人ぐらいが、「集会所をなくすなどとんでもない」という議論を強固に展開したのです。一方、「将来」に飛び、そこから「今」をデザインするセッションでは、強固だった方が笑顔になったのです。将来から今を考えると、自己の考えがあまりにも近視眼的であることに気づき、さらには残りの3人もそのように思っていることが分かり、笑顔にならざるを得なかったのです。様々な提案があったのですが、例えば、「うちの校区では小学校で空き教室が増えている。そこで集会をすれば子どもたちにも会えるし、先生のサポートもできる」という提案もありました。
このワークショップに参加した一級建築士のAさんは、これまで注文主に応じて設計をしてきたのだそうですが、参加後、その家と地域を将来の視点から考えて設計するようになり、そうすることで「うきうき」し、設計することが以前にも増して楽しくなったのだそうです。また、お子さんが不登校であったBさんは、気候変動の影響で夏場の気温が45度になったりすると、そもそも学校ではなくネット上での教育になると想像し、そのため不登校そのものがなくなることに気づき、心が楽になったとのことです。これをきっかけに、彼女はPTAの会長に立候補して当選し、将来の視点から「本当に大切にしたいこと」を軸に学校の改革を先生とともに始めています。
実は、AさんやBさんが中心となり、セッションに参加した多くの方とともに、「フューチャー・デザイン宇治」という市民団体を立ち上げ、宇治市と手を携えて、FDの視点から様々な政策の提案を始めているのです。今まさに、総合計画策定の一翼を担っているところです。
また、長野県松本市では、古くなった市庁舎の建替えに当たり、新たな市庁舎をどのようにデザインすればよいのかがテーマでした。ここでも「今」から「将来」の市庁舎を考える皆さんは、混みがちな窓口の数を増やすことや、松本城のすぐ隣にある市庁舎に展望室を設置することなどを提案したのです。一方、仮想将来人の皆さんは、なぜ住民課が市庁舎の入り口のすぐのところにあるのかを問うのです。住民票の発行は「今」ではネット上で行われているので、書類の発行が市庁舎の重要な機能ではないと考えたのです。では、なぜ市民が市庁舎に行くのでしょうか。それは問題を抱えているからです。市民の問題をどのように解決するのかという視点から様々な提案をし、市庁舎建替えの七つの基本原則のうち、三つは仮想将来人の皆さんからの提案となったとのことです。
階段を駆け上がる独創的な提案
独創的なアイデアは、少数者の会話の中で階段を駆け上がるように一気に出てくることを観察しています。2020年4月、新型コロナウイルス感染症の感染が拡大し始めていた頃、日本を代表する経済系の研究者である小林慶一郎さん(東京財団政策研究所・慶應義塾大学)と佐藤主光さん(一橋大学)にポスト・コロナのFDを体験してもらいました。彼らは「安心していつからでもやり直すチャンスのあるしなやかな社会」を構想したのです。
お二人に飛んでいただいたのは2050年です。東京の電車が全く混まなくなったことから話が始まりました。2020年頃のコロナを経て、学校教育のオンライン化が加速し、そもそも学級というコンセプトがもうなくなったのです。子どもたちが自由に人々との関係をつくっていて、これが大人になってからの働き方も変えてしまいました。コロナの頃のように、会社に縛られるのではなく、専門性を持ちつつフリーランスとしてテレワークをするのが当たり前になってもう久しいのです。社会の環境が変化するなら、それに合わせてオンラインで新たなスキルを学ぶ機会があるのです。大学や大学院教育もオンライン化されていて、世界中のコンテンツの中から自分にとってベストなものを選び、学ぶのが当たり前になっています。そもそも会社との固定的な雇用を前提にした「失業」という概念もなくなりました。ベーシックインカムが保障され、オンラインで人生のどのタイミングからでも学び直せる機会のある「しなやかな社会」が実現しているのです。
もちろん、このような社会になるのかどうか分かりませんが、お二人は明確なビジョン、つまり「今」の我々が行くべき方向を示してくれています。お二人が階段を駆け上がる様子やどのように独創的なビジョンを創造したのかについては、中川・西條(2020)をぜひお読みください。
フューチャー・デザインのこれから
今のところ、FDの実践は自治体、市民団体、企業などが主です。イギリス、オランダ、ドイツ、フランス、スイスなど、ヨーロッパの自治体や市民団体からの問合せもありますが、実は、地域を超えて、世界レベルでも使えるはずです。G7やG20の首脳が、例えば、会議の初日の午前中は、仮想将来大統領や仮想将来首相になって交渉し、あるべき世界の姿を構想し、その実現に向けて今何をするのかを決めるのです。2020年のG20はサウジアラビアのリヤドで開催されましたが、その事前会合がT20です。たまたまT20のセッションのパネリストとして発言をする機会があり、FDの導入を主張したのですが、採択はされませんでした。諦めずに頑張るつもりです。
議員の皆さん、ぜひ一緒にフューチャー・デザインしませんか。
■参考文献
◇中川善典=西條辰義(2020)「ポスト・コロナのフューチャー・デザイン」小林慶一郎=森川正之編『コロナ危機の経済学』日本経済新聞出版