2020.12.10 議会運営
第53回 議決で議員の発言を取り消すことができるのか
回答へのアプローチ
まず、国会議員については、歳費受給権、不逮捕特権と並んで免責特権が憲法に定められています。憲法51条には「議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない」とあります。自治体議会についても「発言自由の原則」が重視されていますが、国会議員のような免責特権は法令に明示されていません。Aは誤りということになります。
問題なのは、取消対象となる「不穏当発言」です。地方自治法129条1項には「この法律又は会議規則に違反しその他議場の秩序を乱す」とあるのですから、前述した地方自治法や会議規則での秩序維持のための規定に違反した場合が対象となるのは明白です。しかし、実際には、取消事由は地方自治法や会議規則の違反に限られない運用がなされているのではないでしょうか。事実と反する発言や執行部に対する根拠のない批判が不穏当発言として取り消されることもしばしば見受けられます。不本意さんの事例もその一つなのでしょう。廣瀬和彦氏は「法規上基準は特になく、各議会における発言がなされた状況等の様々な事象により考える必要が生じる。ただし、一般的な不穏当発言の基準としては、①相手の立場になって聞いたならば不快感を覚える発言であること、②事実と異なる発言、根拠が不明確な発言は不穏当であること、③個人のプライバシーや基本的人権に抵触するような発言であることが挙げられる」(1)と述べています。また、古い解説書でも、議長の決定に委ねられているとした上で「何が議会の規律であるかについては、特に規定のあるものを除いて、その基準は甚だ困難であるが、議会の権能および地位ならびに議員として保持すべき良識等を基準にし、議会の品位を重んじるよう具体的に決定するよりほかない」(2)としています。
何が議場の秩序を乱す発言なのか、議長もすぐには判断できないという状況の中で、権限行使を慎重にするため議会運営委員会の助けを借りたり(3)、時には議会が議決という形で議長に発言取消しを求めたりしているのです。法的には、議会運営委員会で発言の取消しを決めようが、議会が発言の取消しを議決しようが、議長がこれに従う必要はありません。しかし、事実上、議長がそうした意思に背くことはできないでしょうから、たいがいの場合は議会運営委員会の決定や議決どおりに取消しを命じることになるでしょう。テレビや新聞で「発言の取消しが議決された」と表現されるのは、こうした事情に基づくものなのです。法令上は発言の取消命令は議長の権限なのですからBはとれません。回答はCとしたいと思います。
実務の輝き・提言
「事実でない情報が議会で流布されては議会の秩序が保てない」。「住民の信頼を大きく損なう発言は議会として看過できない」。そのような理由で議長が発言を取り消させたり、議長に発言の取消しを求めることはもっともなことです。ただ、「この際、執行部側の援護射撃をして恩を売っておくか……」とか「あの議員(会派)の行動が前々から鼻についていたんだ……」といった理由で発言の取消しを求めることは絶対にいけません。発言の取消しは政治的駆け引きの道具ではないのです。特に執行機関への監視は、議会が果たすべき最大の役割です。時には厳しい表現で行政の問題点を指摘することもあるでしょうが、多数決による発言の取消しは、少数者の発言の自由を奪う結果につながることを踏まえて、慎重に考える必要があります。
実は、議長が発言の取消しを命じたとしても、それだけで発言が取り消されるわけではありません。本人がそれに従って発言の取消しを行い、発言が取り消されるのです。では、本人が取消命令に従わない場合はどうでしょう。その場合にも本人が取り消した場合と同様に、配布用の会議録には発言が掲載されません。根拠となる以下のような規定が会議規則に定められていることでしょう。
◯標準市議会会議規則
(会議録に掲載しない事項)
第 87条 前条の会議録には、秘密会の議事並びに議長が取消しを命じた発言及び第65条(発言の取消し又は訂正)の規定により取り消した発言は、掲載しない。(参考)
最後に、不本意さんにお伝えしなければならないことがあります。発言の取消命令は、裁判の対象になりません。たとえ取消訴訟を起こしたとしても、却下判決(門前払い判決)がなされるでしょう(4)。発言の取消命令は議会の自律権に属する行為なのです。その意味でも、その行使は慎重に行わなければなりません。
(1) 廣瀬和彦「議会運営Q&A第37回 議長の発言取消命令について」議員NAVI Vol.45(2014年)60頁。
(2) 西村弘一『地方議会 会議の理論と実際〈全訂版〉』(学陽書房、1987年)156頁。
(3) 地方自治法109条3項3号には「議長の諮問に関する事項」を議会運営委員会の所掌としています。議長の発言取消命令権行使についても諮問の任を果たすことが考えられます。具体的には、取り消すべき発言かどうか、取り消すべき部分はどこか、議長に対してアドバイスすることになるでしょう。
(4) 「県議会議長の県議会議員に対する発言の取消命令の適否は、司法審査の対象とはならないと解するのが相当である」とした判例(最判平成30年4月26日裁判集民258号61頁)があります。