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2020.11.25 政策研究

第8回 補完性(その3)

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地方自治憲章と補完性の原理?〜近接性の原理、事務配分基準、財政保障義務〜

 EU統合の文脈では、補完性の原理とは、加盟国(主権国家)と超国家団体(ヨーロッパ共同体・ヨーロッパ連合)の関係である。地方自治、つまり、国と広域自治体と狭域自治体の関係の原理ではないのであり、それならば補完性の原理を使う必要はない。
 地方自治の原理に関しては、ヨーロッパ評議会(Council of Europe:CoE)が採択したヨーロッパ地方自治憲章(1985年)がある(3)。この憲章では、実は、補完性の原理という用語は用いられていない。それに相当するものが、4条3項といわれる。
 それによれば、「公的責任は、市民に最も近接する政府が優先的に、一般的に遂行する。他の政府への責任配分は、事務の範囲と性質及び効率性と経済性の要請を衡量して行わなければならない(Public responsibilities shall generally be exercised, in preference, by those authorities which are closest to the citizen. Allocation of responsibility to another authority should weigh up the extent and nature of the task and requirements of efficiency and economy)」とされている。この規定の第1文は、補完性の原理というよりは、「市民に最も近接する政府(authorities which are closest to the citizen)」が「優先的に(in preference)」遂行するという意味で、近接性の原理として提示されている。そのため、しばしば、近接・補完性の原理として、一体的に表現されることもある。補完性が補完する広域団体の側から表現するのに対して、近接性は身近な狭域団体の側から表現しているのである。
 もっとも、第2文は、近接性の原理とは言い切れない。むしろ、他の政府への責任配分(allocation of responsibility)の考慮基準を示している。具体的には、第1に、事務の範囲と性質であり、第2に効率性と経済性である。この意味を重視すれば、近接性の原理よりも、事務配分基準としての、規模・性質の原理と効率性・経済性の原理とを示しているともいえる。規模・性質及び効率性・経済性の二つの原理から見て、広域団体と狭域団体とに違いがないときに限り、近接性の原理が適用されるのであれば、近接性の原理及び近接・補完性の原理の登場局面は極めて少ない。端的に、適切な事務配分の原理でしかないのかもしれない。
 沿革的には、このヨーロッパ地方自治憲章も、マーストリヒト条約に影響したといわれている。補完性の原理は、それ自体としては加盟国と共同体(あるいはEU)の間に適用される。しかし、マーストリヒト条約1条では「できる限り市民に近いところで(as closely as possible to the citizen)」となっている。
 ヨーロッパ地方自治憲章でより重要なのは、9条5項の財政調整保障であろう。それによれば、「財政的により弱い地方政府を保護するために、潜在的財源と財政負担の不均等配分の是正を目的とする財政平衡手続の制度又はそれと同等の措置が必要とされる。それらの手続又は措置は、地方政府がその責任の範囲内において行使する裁量を減らすものであってはならない(The protection of financially weaker local authorities calls for the institution of financial equalisation procedures or equivalent measures which are designed to correct the effects of unequal distribution of potential sources of finance and of the financial burden they must support. Such procedures or measures shall not diminish the discretion local authorities may exercise within their own sphere of responsibility)」とある。
 つまり、国(全国政府)には自治体(地方政府)に財源保障をする義務があり、そのような財源保障に伴う国の関与が、自治体の裁量を侵してはならないとする。しばしば、保障は後見的支配につながりやすいのであるが、保障しつつ裁量を保護することが重要である。あえていえば、財政上に限ったことではあるが、補完・支援義務を国に課している。補完性の原理を一般的に理解するならば、全ての面において、国が自治体を補完する権利や権限を得るのではなく、国に自治体を補完する役割と義務を課すと一般化することもできよう。しかし、ヨーロッパ地方自治憲章では、財政保障義務を補完性の原理とは表現していない(4)


(1) 関谷昇「補完性原理と地方自治についての一考察」千葉大学公共研究4巻1号(2007年)。
(2) 条文については、慶應義塾大学三田メディアセンター(慶應義塾図書館)ウェブサイト「EU(欧州連合)資料ガイド:官報・法令・条約」によった(https://libguides.lib.keio.ac.jp/c.php?g=63056&p=404478)。
(3) 全国知事会第7次自治制度研究会報告書「地方自治の保障のグランドデザイン」(2004年)、特に第2章第1節(http://www.nga.gr.jp/data/jichiseido/dai1_dai9.html)。
(4) なお、ヨーロッパ評議会とEUとは別の組織である。ヨーロッパ評議会は、1949年に、人権、民主主義、法の支配の分野で国際社会の基準策定を主導する汎欧州の国際機関として、フランスのストラスブールに設立された。伝統的に人権、民主主義、法の支配の分野で活動しており、最近では、薬物乱用、サイバー犯罪、人身取引、テロ、偽造医薬品対策、女性に対する暴力などの問題に対応している。加盟国は、EU全加盟国に加え、旧ユーゴ諸国、ロシア、ウクライナ、トルコを含む全47か国である。ちなみに、日本も、アメリカ・カナダ・メキシコ・バチカンとともに、オブザーバー国である。
主要機関は、加盟国外相から構成される意思決定機関である閣僚委員会(Committee of Ministers)、加盟国国会議員からなる諮問機関(立法機関ではない)である議員会議(Parliamentary Assembly Council of Europe(PACE))、欧州人権条約に基づく欧州人権裁判所(European Court of Human Rights)、事務局(Secretariat)がある。これに加えて、欧州地方自治体会議(Congress of Local and Regional Authorities of Europe(CLRAE))がある。地方レベルにおける民主化強化を目的とする、閣僚委員会及び議員会議の諮問機関である。各国の地方代表議員で構成されている。外務省ウェブサイト「欧州評議会(Council of Europe)の概要」より(https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ce/gaiyo.html)。

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