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2020.11.25 政策研究

第8回 補完性(その3)

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東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授 金井利之

補完性の原理(principle of subsidiarity)の輸入

 戦後日本における補完機能の議論や、シャウプ勧告における市町村優先の原則などとは全く別の文脈で、補完性の原理がヨーロッパで提唱され、1990年代以降、日本にも輸入されるようになってきた。起源も文脈も全く別なのであり、「subsidiarity」に「補完性」の訳語を当てるべきかどうかは重大な翻訳問題であるが、もともと戦後日本に存在してきた「補完」の概念に、新たな息吹を与える形で、訳語が選択されていったのであろう。
 そして、それはあながち誤訳ではない。戦後日本で語られてきた補完機能が、都道府県優先でも市町村優先でも理解しうるものであり、また、国優先でも自治体優先でも理解しうるものであり、両義的であるのはすでに触れたところである。ヨーロッパにおける補完性の原理も、より狭域の団体を広域の団体が制限しないという権力制限の契機と、狭域の団体に限界があるときには広域の団体が補完するという権力統合の契機とが、内包されている。その意味では、文脈において異なった使い方が可能であり、権力配分を教導する原理として特定方向を示すとは限らない。つまり、全く異なる方向性を、同じ補完性の原理で表現しうるのである(1)
 したがって、現代日本の文脈でも、補完性の原理が地方分権や地方自治の観点から、手放しで賞賛されているわけではない。例えば、全国知事会第7次自治制度研究会報告書「地方自治の保障のグランドデザイン」(2004年)では、上位政府の介入の可能性を含みうるという言及がある。普遍的な政治的な指導原理になりえるか、仮になるとしても、法的な指導原理となりえるか、仮になるとしても、その抽象性から具体的運用はどうするのか、という問題点を指摘している。

EU統合と補完性の原理

 補完性の原理は、思想的にはいろいろな淵源(えんげん)が指摘されているが、その源泉はともかくとして、現実に使われるのは、特定の政治的文脈においてである。そして、それは最も直接的には、EU統合の文脈である。EU統合は、要するに、主権を持つ国民国家を「絶対」とする国際関係を脱却し、超国家的(supra-national)な団体であるEUを強化する文脈である。
 もちろん、NATOのように、戦後ヨーロッパ諸国においても、必ずしも国民国家の主権が「絶対」であったことはなく、そもそも、「主権」国家の存立にとって最も根本的で本質的である安全保障・国防が、実は、超大国・アメリカの覇権を前提にし、アメリカ軍のヨーロッパ駐留を前提とした軍事同盟に委ねられてきた。しかし、NATOが加盟国を(垂直)「補完」する、あるいは、アメリカがヨーロッパ諸国を(水平)「補完」するという意味で、補完性の原理に言及する文脈ではなかった。
 EU統合は、国家主権を相対化し、各加盟国から権限をEUに移譲しようというものであるから、明らかに狭域団体から広域団体への集権化の方向性を持つ。仮にEU統合の指導原理が補完性の原理にあるならば、集権化の指導原理といえるかもしれない。実際には、ヨーロッパ統合を進めようという勢力と、それに懐疑的な権力抑制を求める勢力との妥協の中で、調整原理として出てきたものである。その意味では、まさに集権・分権の両方向性と両義性を持つからこそ玉虫色の調整原理になるものであるし、ヨーロッパ統合を許容するという意味では特定の方向性を持っているが、同時に、それへの抵抗勢力への配慮とブレーキの機能を内包しているのであろう。
 マーストリヒト条約(1992年)3b条によれば、「共同体は、補完性の原理に従い、加盟国によって提案された行動の目的が充分に達成されず、また、提案された行動の規模や効果の観点から、共同体によってよりよく達成しうる場合にのみ、また、その限りにおいて、行動を為す(the Community shall take action, in accordance with the principle of subsidiarity, only if and in so far as the objectives of the proposed action cannot be sufficiently achieved by the Member states and can therefore, by reason of the scale or effects of the proposed action, be better achieved by the Community)」という(2)
 EUへの際限のない権限移譲をしないという言質又は言い訳として補完性の原理が持ち出されているのであり、あくまで、当面は、加盟国からEUに権限統合を進めるという文脈で用いられているのである。つまり、集権改革を進めるときに、分権・自治派が抵抗するので、それを「安心」させて融和させるための交換条件にすぎないのであれば、補完性の原理とは、狭域団体を優先する口吻(こうふん)で広域団体を強化するものにすぎない。いわば、権力統合派・集権派からすれば、「名を捨てて実を取る」原理といえよう。

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