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2020.09.25 政策研究

第6回 補完性(その1)

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東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授 金井利之

都道府県と市町村

 戦前地方制度の市制・町村制や府県制とは異なり、戦後自治制度では、都道府県と市町村は「地方公共団体」として一括して扱われている。そこで、都道府県と市町村の違いを示す必要がある。そのときに、都道府県は「広域の地方公共団体」であり、市町村は「基礎的な地方公共団体」とされている。
 「地方公共団体」という憲法・地方自治法などの法律用語は、「自治体」と一括変換されることが多い(それ自体の含意や是非はここでは問わない)。その上で、「の」と「な」という助詞・助動詞を省略して、都道府県は「広域自治体」、市町村は「基礎的自治体」と通称されることも多い。もっとも、それだけでは、都道府県と市町村の違いは明確ではない。
 都道府県と市町村の事務配分の関係は、〈市町村優先〉ともいえるし〈都道府県優先〉ともいえる。〈市町村優先〉という意味は、地方自治法2条3項に、
 「市町村は、基礎的な地方公共団体として、第5項において都道府県が処理するものとされているものを除き、一般的に、前項の事務〔筆者注:いわゆる「地域における事務」など〕を処理するものとする。」
とあるように、原則は市町村に置かれ、都道府県はあくまで例外的存在という位置付けである。論理的には、全ての事務を市町村が処理することになれば、都道府県の存在は消滅する。その意味で〈市町村優先〉なのである。しかし、〈都道府県優先〉という意味は、上記のとおり、市町村は都道府県が処理するものとされているものを除いて、初めて市町村が登場し得るということである。論理的には、全ての事務を都道府県が処理することになれば、市町村の存在は消滅する。都道府県の仕事が先に決まるのであって、都道府県に先占されてしまえば、市町村に生息領域は残されない。都道府県が決まれば市町村が決まる、という〈都道府県優先〉の関係である。

都道府県の特質と機能

 都道府県を決めないと市町村が決まらない、という関係から、都道府県をどのような団体として理解するかが、先決事項となる。地方自治法2条5項は、
 「都道府県は、市町村を①包括する②広域の地方公共団体として、第2項の事務〔筆者注:いわゆる「地域における事務」など〕で、③広域にわたるもの④市町村に関する連絡調整に関するもの及び⑤その規模又は性質において一般の市町村が処理することが適当でないと認められるものを処理するものとする。」(丸付数字及び下線筆者)
と規定している。
 都道府県は、市町村を「包括」する「広域」の自治体ということである。「包括」するということは、都道府県に包括されない市町村は存在しない、ということである。しかし、それは、市町村が都道府県の内部団体という意味ではなく、空間的・地理的な関係である。例えば、都道府県の区域外に「ワシントンD.C.」のような、国又は連邦の直轄市があってはいけないということであるし、府県から「独立」した、いわゆる「特別市」があってはいけないということである。市町村は常に都道府県に区域的に含まれる。B市の区域はA県の区域に抱括されているから、A県B市においては、相対的に、常に、A県はB市より「広い」ので、「広域」の自治体となる。B市がC県より広いことは、理屈上はあり得る。このときにも、C県内においては、C県はC県D市より、必ず「広い」ということになる。もっとも、これは、地理的な関係を示しただけであって、事務や役割の関係における都道府県の特質を示さない。
 都道府県の特質は、地方自治法2条5項の後半の方にある。これが、③広域機能、④連絡調整機能、⑤補完機能と呼ばれている。
 地理的な②「広域」と、③「広域にわたるもの」における「広域」とは同じではない。地理的に②「広域」の自治体が、事務においては③「広域にわたるもの」でない事務、つまり、市町村内に限定されるような狭い地理的な事務を担うことは、理屈上は可能である。例えば、A県がB市内の地先海岸の埋立事業を行うことはある。埋立事業の許可は、B市にとどまらない影響があるという意味で③「広域にわたるもの」かもしれないが、埋立事業の起業それ自体は、③「広域にわたるもの」とは限らない。また、市町村間の広域行政や広域連携があるように、市町村より②「広域」であったとしても、市町村が相互に行えば、都道府県の出番はなくなる。つまり、③「広域にわたるもの」ではなくなってしまう。結局のところ、 ②の意味でも、③の意味でも、都道府県の役割が先決できるわけではない。
 ④「市町村に関する連絡調整」は、誰と誰の連絡調整のことをいっているのか、誠に意味不明瞭である。市町村と市町村の間の連絡調整を、市町村が相互に行うのであれば、都道府県は登場しない。また、国と市町村との連絡調整を、国と市町村が直接に行うのであっても、都道府県の出番はない。市町村に関する連絡調整だからといって、都道府県機能に必ずなるわけではない。しかし、連絡調整を関係当事者が直接に行うことが、立場上、かえって円滑に進まないこともあれば、作業的に面倒なこともある。
 例えば、国が1,700の市町村に直接に連絡調整をすることは、国から見れば面倒くさい。それならば、47都道府県にだけ連絡調整し、後は、都道府県に市町村との連絡調整を委ねた方が、国にとっては楽である。また、市町村間の連絡調整も、ネットワーク上で行うのは面倒である。例えば、5市町村であれば、相対で調整を積み重ねれば、10の回線が必要である。もちろん、メーリングリストなどを使えば1回で済むので連絡調整は容易になる。とはいえ、メーリングリストに投げるのはどこかの1団体である。これは、1市が中心になって、他の4市町村と連絡調整することと同じである。これならば、4回線で済む。しかし、こうした司令塔の役割は、明らかに調整役となった1市にとって有利に作用する。5市町村が相互対等に連絡調整しようと思えば、当事者である5市町村の中に、中心的な司令塔役があってはいけない。あるいは、司令塔であること自体が、連絡調整の公平性に疑念を抱かせる。このようなときには、当事者という立場ではない都道府県に委ねることも、あり得るであろう。いずれにせよ、国や市町村という連絡調整の当事者が、自らできないときに登場するのが、都道府県の連絡調整機能である。

補完機能

 このように見てくると、③「広域にわたるもの」だからといって、必ずしも都道府県の仕事にはならず、④「市町村に関する連絡調整」だからといって、必ずしも都道府県が出張るとは限らない。あくまで、市町村との相対関係でしか決まらないのである。この点は誠に困ったことである。先に述べたように、市町村の事務は、都道府県の事務が先に決まらなければ、決まらない。しかし、都道府県の事務は、市町村が③「広域にわたるもの」や④「市町村に関する連絡調整」をしないときに、後になって発生する。つまり、市町村の事務が先に決まらないと、都道府県の事務が決まらない。その意味で、〈市町村優先〉なのである。
 こうして、⑤「一般の市町村が処理することが適当でないと認められるもの」という補完機能が、③④を含めて、全てにおいて登場する。つまり、法技術的な文理解釈上はともかくとして、論理により正確に分節すれば、
 ③ 広域にわたるもの、
 ④ 市町村に関する連絡調整に関するもの及び
 ⑤ その規模又は性質
 ⑥ において一般の市町村が処理することが適当でないと認められるもの
となる。つまり、広域、連絡調整、規模(最低規模の必要性や規模の経済など)・性質(広く薄く散発したり、めったには発生しないが特殊な技能を要するなど)などの観点から、「一般の市町村が処理することが適当でない」ときに、都道府県の事務になる。
 逆にいえば、③広域だから、④連絡調整だから、必ずしも都道府県の事務になるとは限らない。同様に、⑤最低規模が必要だからといって、直ちに都道府県の事務になるとは限らないし、規模の経済だけを追求すればよいというものでもない。また、広く薄く散発することを全市町村が対処する備えをするのは大変だとしても、市町村間の協力で済むかもしれないし、特殊技能を必要とするときも同様である。結局は、全ては、⑥「一般の市町村が処理することが適当」かどうかであり、「適当でないと認められる」ときには、都道府県が登場する。つまり、都道府県の機能の根幹は、市町村に対する⑥補完に集約されるのである。

市町村事務が先決事項

 これを裏付けるように、地方自治法2条4項は、
「市町村は、前項の規定にかかわらず、次項に規定する事務のうち、その規模又は性質において一般の市町村が処理することが適当でないと認められるものについては、当該市町村の規模及び能力に応じて、これを処理することができる。」
としている。つまり、5項で規定した意味での③広域、④連絡調整、⑤規模・性質によって、一般的には、市町村の事務ではなく、都道府県の事務になったとしても、さらに、特定の当該市町村の「規模及び能力に応じて」市町村の事務に変更し得るとしている。都道府県事務が先決されて、残りが市町村事務になると思いきや、その都道府県事務を、当該市町村の「規模及び能力」に応じて覆すことができるわけである。結局、市町村事務が先に決まるのである。
 こうして、都道府県と市町村の関係は、市町村の事務が先に決まり、都道府県はそれを⑥補完することになる。もっとも、問題は解消されていない。「一般の」又は「当該市町村の規模及び能力に応じて」、⑥「市町村が処理することが適当」かどうかを判別しなければならないのである。これはトートロジーに近い。〈市町村が処理するのが適当なものは市町村が処理する〉ということは、しばしば、〈市町村が処理するものは市町村が処理するのが適当である〉と、等号を反転して理解されかねないからである。「市町村が処理することが適当」であるかどうかを、実際に市町村がいかなる事務をして、又は、していないかとは独立に、決定しなければならない。

「的」の有無

 なお、余談ではあるが、近年では「基礎自治体」というように、「的」という形容動詞的な接尾辞を省略して、「基礎的自治体」とは呼ばない慣行も増えている。この点は、上記の「の」や「な」の省略と同様、どうでもよい些細(ささい)な表記の問題にすぎず、「基礎的自治体」=「基礎自治体」という見方もある。
 他方で、「基礎自治体」が使われ始めたのは、平成の大合併を経て、市町村に一定規模(例えば、10万人とか、1万人とか)以上の人口を求め、都道府県の助けを受けずに自立的に事務処理ができる総合的な自治体(総合行政主体)、というニュアンスを込められることもある。この点では、今回のテーマである「補完性」と深く関わっているかもしれない。つまり、都道府県の補完を要する市町村を「基礎的自治体」と呼び、都道府県の補完を要しない市町村と「基礎自治体」と呼んでいるのかもしれない。

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