2020.09.10 議会運営
第7回 課題共有型円卓会議(えんたく)の実践と効果
5 議会報告会での応用を振り返る
飯田市議会では、常任委員会での経験を踏まえて、急きょ10月初旬の議会報告会分科会でも「えんたく」形式を応用した話し合いの場を設定した。時間の制約の中で、「えんたく」の効果を選択的に抽出し、効果を発揮する設計になっている。テーマ「子どもを見守り育む地域社会について」にかかわる活動の地域における実践者2〜5人を話題提供者とすることで、参加者が「自分ごと」として感じられる話題提供があり、それを踏まえた少人数での話し合いに時間を多めに割いている。通常の「えんたく」が後半センターテーブルでの議論を続けるところ、議会報告会ではむしろ参加者である「多様な市民の意見」が示されることを目指し、各グループから報告し、テーマへの多様な声が共有されて終わる設計になっている。
委員会でのテーマについての提起を踏まえた課題共有、また少人数での意見交換の充実が、こうした応用の着想に至ったと原氏、筒井氏は振り返る。
この形式では、これまでの議会報告会では補助的な役割であった各委員が、グループセッションの進行役・ファシリテーターとして「声を引き出す」役割を担う。それができるのかというためらいがなくはなかったという。ただ、委員全員が常任委員会で「えんたく」を経験していたことと、もう一点、大きかったのが「課題解決ではなく、共有だ」という認識だったという。そこで正しい解答を求められるのではなく、声を引き出し、共有することが目的でいいということから、「やってみよう」という意欲につながったと振り返る。
議会報告会は7ブロックで開催されるので、実際にやってみた初回の経験から、問題点があればその次にブラッシュアップすることにしていたが、参加した市民が語り合う様子や、「えんたく」形式がよかったという声、評価の高さが励みになったという。
6 市民の反応、議員の手応え
「いろいろな意見を聴くことができてとても良かった。私は、同じ分科会に3年連続出てきたが、いつも黙っていて、意見ありませんか、ありませんか、といわれても沈黙が続くことがあった。今年度の形式をとられたことは非常に良かった」。あるブロックの話題提供者がまとめでこう述べたという。
飯田市議会では議会報告会終了後に、議会報告会での市民へのアンケート、議員へのアンケートをまとめている。市民へのアンケートの自由意見内容の紹介では、グループセッションでの意見交換が充実したものであったことがよくうかがわれ、あるいはそのため話し合う時間が足りなかったり、まとめが大変だったりしたことが指摘されている。「えんたく」を応用した形式については、「来年もこの形式で」という評価が、特に女性参加者から寄せられたという。原氏、筒井氏は、既存の形式ではややもすれば団体や地域で「役」を得ている市民がその立場で語ることや、「声の大きい」市民の発言で終わりがちだった場が、より多様な、それぞれの思いを込めた対話の機会になったことに、議員も手応えを感じたと語っている。
また、7回の議会報告会の振り返りによって、有益なノウハウも蓄積されている。「話題提供者」の依頼について、テーマと親和性のある実践の活動をされている方や、重ならない多様な属性の方にお願いすること、「立場」で発話が拘束される関係をできるだけ避けて、立場や「役」にかかわらず市民の自発的な「思い」を語ってもらうように努めること、1グループ4〜6人がやりやすいが、委員がグループセッションのファシリテーターとなるため参加者が多いときには1グループの人数が増え、時間的にも足りなくなりうることなどが確認されている。
7 2020年の「えんたく」の展開
「子どもを見守り育む地域社会について」を調査・研究テーマとした今期の委員会は今年(2020年)が後半となるが、特に「子育て中のお母さんの悩み、困りごと」に焦点を当てている。話し合い手法としての「えんたく」の特徴を生かした、常任委員会えんたくと議会報告会えんたくとの連携がデザインされている。
すでに7月29日に「飯田市の『子育ての現状』と課題の共有〜『社会的処方』による地域のつながりが子育ての孤立を救う〜」をテーマに、社会文教常任委員会委員長である村松まり子氏が委員会の問題意識を示し、市の子育て相談の実態や子育ての行き詰まり予防の取組みについて飯田市保健課保健指導係長である片桐礼子氏が、最近の子育て環境について座光寺保育園長である野神美穂氏が、子どもやその親と触れ合う視点から飯田市立中央図書館三穂分館長の久保田初子氏が、子育てや様々な悩みを語ることができる「つどいの広場」を運営するNPOおしゃべりサラダ代表の松村由美子氏がセンターテーブルメンバーとなり、市内20地区の公民館主事、保健師と議員が参加者となってえんたくを開催した。
前年の経験から、今年は2時間半を確保し、委員会議員である塚平一成氏がファシリテーショングラフィッカーを務めた。実践から多くの知見を共有し、委員にとっても課題が見えた充実した機会であり、塚平氏がまとめたホワイトボードシート6枚にわたる「対話の可視化」をその後もしばらく掲示していたという。
なお、当日、新型コロナウイルス感染症感染拡大防止のための市の規定により、司会を予定していた筆者(のみ)は県境を越えて参加することができなかったため、司会はZoomを使って行い、その様子をYouTubeライブで流すことを同時に試行されていた。
ここで得られた知見やネットワークを生かし、議会報告会では、参加された公民館主事と連携して地域でこの課題にかかわる実践者を話題提供者として依頼することを目指し、このテーマを市民とも共有していくことを今期のえんたくの目標にしているという。
原氏は、「えんたく」について、対話の中から「課題を引き出す力」の重要性と難しさに触れ、「まだまだだけど」と前置きしながら、市民との対話を重ねてそれによって「議会として」行政と向き合う、そうした視角を得はじめていることを語った。事務局としてかかわってきた筒井氏は、その有効性と、議会と市民がまちをめぐって「課題だけではなく、『いいところ』も含めた」共有の価値を感じたという。
もちろん、「えんたく」が万能というわけではなく、両氏も、市民の暮らしの課題に近い、教育や福祉を所管する社会文教常任委員会にはとても親和性が高かったが、「体感しないと良さが説明できない」こともあり、他の委員会に必ずしもそのまま広げられるわけではないと指摘する。
万能のツールではないが、原氏が問題意識として感じていたように、「課題を(質の高い情報とともに)共有する」、多くの参加者が自らの思うところを語り合う「ヒロバ」としての話し合いの場が必要なとき、「えんたく」の形式と飯田市議会での2種類の応用は、政策課題に「あらかじめ予定されている正解」がないからこそ、議会にとって価値のある話し合い形式といえるのではないだろうか。
2020年7月29日の社会文教常任委員会での「えんたく」。
司会はZoomを使って行い、奥のディスプレイに映されている。
(1) 龍谷大学地域公共人材・政策開発リサーチセンター(LORC)、ATA-net(国立研究開発法人科学技術振興機構・社会技術研究開発センター「安全なくらしをつくる新しい公/私空間の構築」研究開発領域助成研究、「多様化する嗜癖・嗜虐行動からの回復を支援するネットワーク」)合同研究会として開催。本稿は、この2研究グループの研究成果の一部でもある。
(2) グループセッションの冒頭に、話しやすさを助けるアイスブレイクをごく短時間だが行う。また、資料とともに「話題提供者の話から感じたコト」、「子どもたちに必要なコト」、「自分や地域ができるコト」、「地域や市に提言したいコト」などをメモできる「意見交換シート」を配布するなど、話を聞きながら発話のヒントを得る工夫がされた。
(3) 分科会で寄せられた意見417件はA:調査研究、B:予算決算の審査を通してかかわる、C:早急(年内)に回答、D:年度内に回答、 E:市へ申し送る、F:その他(聞き置く)に分類され、Aは5件となった。そのうち、小中学校の手洗い(特に洋式トイレの未整備)の問題について、委員が分担して市内小中学校全28校で現場実態調査を行い、「令和2年度予算に関する提言書(案)」をまとめ、予算決算委員会(準備会)へ提案の後、本会議を経て市長へ提言書が示されることとなった。また、多数の意見があった放課後児童施設を調査、緊急性が高いと判断した1施設に関して、「放課後児童施設に対する予算要望書(案)」としてまとめ、全員協議会を経て委員長から教育委員会次長へ渡された。飯田市議会では議会報告会での意見等の取扱いを、4ステップで、調査・分類、委員会での検討、集約・報告・公表、政策提言と展開している。議会報告会の結果や意見については、飯田市議会ホームページ「議会報告会」(https://www.city.iida.lg.jp/site/assembly/list197-596.html)から「令和元年度 議会報告会 開催結果」、「令和元年度 議会報告会 お寄せいただいた意見について(年度末報告)」を参照(2020年9月7日最終確認)。