2020.08.25 議会改革
第11回 自治立法における議会・議員の役割─議員提案条例をどう活用するか─
2 条例制定における議会の役割
そこで、条例制定における議会の役割を再整理・再確認しておきたい。
議会が条例の制定を通じて果たす機能としては、例えば、正統性の付与、政策形成、住民への情報提供、住民の教育、民意の反映・調整・統合、行政の監視・統制などといったものが挙げられるだろう。それらの機能は、互いにオーバーラップしているところがあり、密接に関連しながら作用することになる。
(1)執行機関中心の政策形成・立案を前提とした議会の役割
これまで議会が果たすべき機能として重視されてきたのは、立法の内容に直接にかかわる政策形成の機能であったといえよう。議会が立法機関とされる以上、立案の段階から主導性を発揮し、自ら主体的に政策を形成していくのが建前であるが、現代国家においては、具体的な政策形成のための情報・技術は行政の側に集中し、他方、多様な代表によって構成される議会に戦略的・機動的・専門的・統一的・総合的な政策形成を求めることは困難となってきていることなどもあって、この面での議会の機能は大幅な後退を余儀なくされている。そして、条例が政策を推進し行政を展開していく上での主要な手段となっていることからも、長提出のものが中心とならざるをえないといえる。
議員提案条例の活性化を図っていく必要はあるにしても、そのことを前提に、条例制定における議会や議員の役割を考えていく必要がある。
もっとも、そのことは、政策形成のすべてを執行機関の側に委ねるようなことまで認めるものではなく、議会には、審議を通じて、政策のチェックを行い、問題があれば修正したり、拒否(阻止)したりすることなどが求められているといえるだろう。
特に、それらに関連して再認識される必要があるのは、正統性付与の機能である。これは、議会の最も基本的な機能とでもいうべきものであり、当然のものとしてこれまであまり注目されることはなかったが、その案が誰の手によるものであろうとも、議会によって正統性を与えられない限り条例とはなりえないことを意味するものである(1)。自由民主主義的な体制のもとでは、この正統性付与機能は、国民・住民の代表機関である議会によって担われ、その権威・力の源泉ともなるものであり、行政の活動については基本的に議会による同意や統制を要するものとされることになる。このため、執行機関は、自己の政策や行為に条例の形で根拠や正当なものとの評価を与えてもらうべく、議会に条例案を提出し、その必要性や合理性の説明に努め、同意を積極的に働き掛けることになるのである。そして、議会は、それに正統性を付与する際には、条例の必要性、合理性等について精査することが求められ、そこでの議論が条例の執行・運用にも影響を及ぼすことになる。特に、執行機関の側の答弁は、条例の解釈・適用や規則の制定における自己拘束につながり、事実上の拘束力をもつことにもなると見ることができる。
また、それにとどまらず、条例の制定のきっかけともなる問題の発掘や課題の提起を議員が議会での調査や審議などを通じて行うことが考えられる。とりわけ、執行機関の側が対応しない問題や目が届きにくい問題などについて、住民に身近な議員がニーズをくみ上げることが期待され、それによってアジェンダ設定がなされ、執行機関も巻き込んで議論が行われることで、執行機関における条例案の検討につながっていくことが考えられる。さらに、自治体の自治や行政の基本にかかわるような重要な問題については、議会の場で、執行機関の側も加わってその基本的な方向について議論を行い、それを踏まえて執行機関により条例の立案が行われることなども考えられるだろう。そして、執行機関の側が十分に対応できない、あるいは対応しない場合には、議員提案条例を通じ議会が主導性を発揮することが必要となる。
なお、小規模な自治体では、執行機関の体制も十分ではないことなどもあり、その場合には、議会と執行機関による総力戦の条例づくりとなることもあるだろう。
(2)行政の監視・統制
条例については、その制定だけが議会の任務というわけではなく、執行機関による条例の執行・運用について監視していくことも議会の役割である。特に、条例の規定の抽象性が強まり、具体的な定めや運用が執行機関に委ねられることも少なくない中では、執行機関の裁量を枠付けたり、適正な執行を確保するためにも、議会での審議を通じて、疑義や問題点を質(ただ)し、規定の趣旨・意味内容を明確にしたり、その運用に枠をはめたりすることも、重要な意義をもつ。すなわち、議会の審議においては、条例案の必要性・合理性や問題点の吟味のほか、規定の趣旨・内容・射程・限界の明確化などの作業を通じ、執行機関の裁量を枠付け、執行における恣意性が排除されるようにすることが求められているのであり、そのことが、ひいては人々の権利自由の保障にもつながることになるのである。また、この点は、政策評価ということから見た場合でも、審議において立法の目的・手段・効果・問題点等がより特定・明確化されることが、その後の評価にも役立つことになってくるのであり、それが次の立法的対応(フィードバック・アクション)にも結び付くことになる。
そして、そのことは、行政のチェック・コントロールということからも意義付けられる。現代国家においては、行政の側が政策形成・実施の両面で中心的な役割を果たすことになる以上、住民に基礎を置く議会が、住民に代わり、立法その他の活動を通じて、政策の形成・実施の状況を監視・監督するということがきわめて大事となるのであり、そのようなことから、行政に対する批判・監督・抑制機能の強化は議会再生の柱の一つともされているのである。その場合には、上述のとおり、執行機関の側に審議の場に情報を提供させ、説明させるということだけでも、そのコントロールとなってくるのであり、その点からも、議会に与えられている権限や手段を有効に活用することが求められることになる。
いずれにしても、議会における慎重審議、会期をまたいだ継続審査、再考を促す阻止、事後の監視は、執行機関の側に対する相当なプレッシャーとなり、恣意・思い込み・独善・軽挙などを抑制することにもつながるといえるだろう。
(3)住民に開かれたフォーラムとして
他方、議会は、住民の代表機関として、多様な意見・利害を議会の審議の場に表出し、これを調整し統合していく役割を果たすことが求められている。特に、立法についてあらかじめ住民の間に確定した意思があるわけではなく、立案・審議の過程での情報をもとに、住民の関心が喚起され、いろいろな意見が生起・形成されることになってくるのであり、これに対し、議会は、住民に開かれたフォーラムないしコミュニケーションの場として、その多様な意見・利害・不安をできるだけ議会の審議の場に反映することが期待される。
そして、その点から重要となるのが、住民に対する情報提供機能である。多様な民意を審議の場にのせるには、条例案の内容・問題点等が議会における公開の審議を通じて住民の前に明らかにされる必要があり、この情報提供機能は住民の知る権利にも応えるものとして積極的に意義付けられなければならない。そして、その際には、漫然と執行機関の主張や情報を流すのではなく、何が問題であり、争点なのかを明らかにするとともに、それ以外の政策・選択肢を提示するなど独自の情報を付加して発信することが重要となるのであって、そのようなものがなければ、議会は単なる執行機関の側の宣伝の場と化してしまいかねないといえるだろう。そして、そのようなよく整理された多角的な情報を提示し、時に住民を説得することがあってこそ、民意の教育といった効果も期待できるのである。
これらのことは、住民に対する説明責任(accountability)ということからも強調されることになる。すなわち、決定者である議会は、決定に至る過程を透明にすること、審議を通じて立法の目的、必要性・合理性、効果等について明確にし、その正当性を示すこと、それらの情報を積極的に住民に提供することで、その責任を住民の前に明らかにすることが求められているのである。そして、そのことが住民の納得性を高めることにもつながるといえる。
なお、議会が、反映した多様な意見を調整し一つの意思に統合していく作業を行う際の技術として最終的に用いられているのが多数決であるが、社会の複雑化や社会的利害の対立の激化などに伴い、それに至る過程での妥協の余地は狭まり、討議や説得による住民意思の統合ということは難しい状況にあり、現実問題としては、まずは審議の透明性・開放性などプロセスのあり方が問われることにならざるをえない。
そして、そのためにも、議会の審議はできるだけ住民に開かれたものとなっていなければならず、その公開性を高めるだけでなく、住民の参加を進めていく必要がある。
地方分権により自治立法権の拡充を図ることは、単に自治体の自己決定の余地を広げるだけでなく、条例制定に住民が深くかかわり、その民主性を高めることにある。これまでの国の法令の場合と同じように、条例が上からの法として一方的に制定されるのであれば、その分だけ自治立法としての意味が減じられることにもなる。自治立法では住民の意思の反映や参加が図られることが不可欠であり、その鍵となるのが議会なのである。執行機関における審議会、説明会、パブリックコメントなどをもって議会での取組みが不要となるものではないことは、改めて指摘するまでもない。
政策形成や条例立案まで議会が担うことが立法機関の証しであるとの見方も根強く存在するが、大上段に振りかぶるのではなく、以上のことに地道に取り組んでいくことが重要であり、それこそが、議会を立法機関たらしめることにもなるといえる。