2020.07.27 議会改革
第10回 条例をどう使いこなしていくか
4 条例による行政
自治体においては、条例制定の回避や要綱行政など、法治主義の不足が問題とされ、「法による行政」の強化が求められるようになっている。法による行政は、行政活動が恣意や専断によって行われることのないよう、行政権の行使は、国民・住民の代表である議会が制定する法律や条例に基づいて行われることを要求するものであり、自治体においては法律による行政と条例による行政が問題となりうる(3)。
その場合に、法による行政については、法律・条例の優位の原則と法律・条例の留保の原則の二つが要請されることになる。
これらのうち、法律・条例の優位の原則は、法適合原則・合法性原則ともいわれるもので、行政作用は法律・条例に違反するものであってはならないとするものであり、法律・条例に違反する行政活動は違法となる。また、法律・条例の留保の原則は、行政作用は法律・条例の根拠に基づかなければならないとするものである。
法律・条例の留保の原則では、どのような範囲の行政作用にまで法律・条例の根拠を必要とするかが問題となり(4)、これについては、私人の権利自由を侵害する場合のみ根拠を要するとする考え方がとられてきており、現在においても行政実務となっているとされる。例えば、地方自治法14条2項が「普通地方公共団体は、義務を課し、又は権利を制限するには、法令に特別の定めがある場合を除くほか、条例によらなければならない」と規定しているのは、そのような考え方に基づくものともいわれる。
義務の賦課や権利の制限に関する事項を必要的条例事項とするのは、住民等の権利自由の擁護・保障の見地から、住民等の権利自由を公権力によって侵害するなどその不利益となる作用を行う場合には、住民の代表機関である議会が定める条例の根拠を要するとする考え方によるもので、「侵害留保」などと呼ばれているものである。
しかしながら、法治主義は自由主義的観点から行政が法律・条例に基づくことを求めるものであるが、国家の役割が拡大し、人々の生存生活にまで深くかかわるようになるとともに、民主主義が基本的な原理とされ、議会による行政の民主的コントロールといったことが重視されるようになるに伴い、法律・条例の留保においても、民主主義的要素も重視されるようになっている。そして、その点からすれば、侵害留保の考え方は、法律・条例の根拠が必要な範囲が明確になるものの、狭すぎるというべきだろう。したがって、仮にそのような考え方による場合でも、その範囲をあまり限定して考えるべきではなく、直接に権利を制限するものではなくても広く権利義務にかかわるもの、あるいは権利には利益が含まれるとすることなどにより、できるだけ法律や条例の根拠を要する場合を広く捉えるようにしていくことが必要である。
他方、これに対しては、さらに法律や条例の根拠を要する場合を広げ、すべての行政活動に根拠を要求する全部留保や、給付行政についても根拠を要するとする社会留保といった考え方も主張されている。しかしながら、行政の役割や活動の多様性などを考えると、そこまで法律や条例の根拠を必要とするのは現実的でないところがあることは否めない。
そのようなことから有力に主張されるようになっているのが、権力的な行政活動には根拠を要するとする権力的留保や、重要事項について根拠を要するとする重要事項留保の考え方であり、前者は権力的性質をもつ行政行為という行為の形式に着目するもの、後者は民主主義の観点を取り入れ対象の拡大を図るものといえる。ただし、前者については法律・条例の根拠規範の範囲が広がりその要求が曖昧となってしまうところがあり、また、後者については重要事項というのが内容的に不明確であることは否めない。
なかなか決め手を欠くところもあるが、自治体関係者の間では、重要事項留保が有力となり、中にはそれを自治体の方針として採用しているところもあるといわれる(5)。
しかし、その場合に理解をしておかなければならないのは、重要事項留保の考え方というのは、法律・条例の根拠がなければ行うことができないといった行政に対する活動の禁止を焦点とするのではなく、議会がどのような活動を規律すべきか(規律責務)、議会自らがどの程度詳細に規律すべきか(規律密度)というように、中心的な名宛人を行政から議会へと転換させるものであるということだ(6)。また、そこでは、民主主義の観点からどこまで法律・条例の根拠を必要とするかが問題となるものの、権利制限といった答えを導き出すことができる自由主義とは異なり、民主主義からは一義的な答えが出てこないということもある。そして、本質性理論に基づく重要事項留保が判例・多数説となっているドイツでは、侵害留保を拡張しつつ重要事項は基本権にかかわるものに限定されていることにも注意が必要だ。
この問題についてどのような立場をとるのか、それぞれの自治体において議会と執行機関の間で考えていく必要があるが、執行機関の側だけでなく、議会の側の姿勢や対応を問うものとなってきていることについて十分認識しておく必要があるだろう。
5 政策手段としての条例
他方、現代では、法が政策手段として用いられ、政策化が進行していることも確認しておく必要がある。
一般に、「法」といえば、違法な行為に対する制裁を伴うもの、あるいは権利義務関係について定め、裁判所によってその実現が図られることを予定するものがイメージされ、そこでは、法の機能として、社会統制、活動促進、紛争解決が重視されてきた。
しかし、現代国家では、法の形式は、多種多様な公共政策の実現や政治的な意思決定のための手段として広く用いられるようになっており、現在制定されている法の多くは、社会統制・活動促進・紛争解決といった伝統的な機能を果たすためのものよりも、限られた各種の社会的な資源・財・サービスの配分を行ったり、一定の社会経済政策を遂行したりすることなどを主眼とする資源配分型の政策法である。
そして、このような資源配分型の政策法においては、国民個々人の権利義務について直接的に規定することや、裁判所で適用されることを予定していることは少なく、各政策の実施に当たる機関の組織・権限や活動基準・計画・手続などが定められるのが一般的である。また、規定の性格からいえば、内容が抽象的な規定やプログラム規定が多く、その実効性は予算の裏付けがあるかどうかによって大きく左右されるとともに、その実現においては行政が中心的な役割を果たし、行政の側に幅広い裁量が認められることになる。さらに、統制・強制の方法としては、罰則などの否定的なサンクションよりも、公表などといったソフトなものや、補助金、租税上の優遇措置などの肯定的サンクションが用いられる傾向があり、行政による指導監督がその実施に当たり前提となっていることが多いのも、この種の法の特徴となっている。
現代においては、行政の民主的なコントロールの要請もあって、このような資源配分型の政策法が、立法の中心をなすようになっており、このような現象は、「法の政策化」などと呼ばれている。その結果、制定法は、最も強力な政策の推進手段・政治の有力なメディアとなっており、道具としての様相を強めている。
以上の点については、自治体の条例においてより顕著である。
特に、自治体が地域の行政や発展の中核を担う主体としてその役割を果たしていくためには、条例に基づくことや、条例を活用することが必要となるのであり、条例は、自治体において、政策の遂行や実現を図る上で主要な手段となるものである。ただし、条例が政策の様相を強く呈するのは、その法としての位置付け・射程・限界によるところもあるのであり(7)、他方、自治体においては、条例によることに伴う法的な制約を軽視したり、回避したりする傾向もなお看取される。
いずれにしても、それぞれの自治体において、条例を上手に活用していくことが求められているのであり、その違いが、自治体の政策能力として現れることにもなる。