2020.06.25 議会改革
第9回 自治立法権に関する理解を深める
4 条例で定めることが必要な事項(必要的条例事項)
条例は、自治立法の基本的な法形式であり、住民との関係や自治の重要事項については、条例で定められる必要がある。このようなことから、法律により条例で定めるべきものとされている事項が少なくなく、その内容も自治体の基本的な仕組み・ルール・施策から内部組織に至るまで広範にわたっている。
まず、自治体の組織、事務処理の方法、財政運営などの内部的事項について、自治関係法律により条例で定めることが義務付けられているものがある。条例で定めるべきとすることで、それらの事項を議会による民主的なコントロールの下に置こうとするものだ。
また、法治主義の観点から、義務を課し、又は権利を制限するには、必ず条例を定め、これに基づいて実施しなければならないものとされている(地方自治法14条2項)。同じく、権力的な性質をもつ地方税の賦課徴収、分担金、使用料、手数料等の徴収についても、条例で定めるものとされている。このほかにも、風俗営業法、旅館業法、景観法、屋外広告物法、消防法、建築基準法など個別の法律により権力的な性質の事務について条例で定めるべきこととされているものが少なくない。
住民等の権利自由の制限に関する事項を必要的条例事項とするのは、住民等の権利自由の擁護・保障の見地から、住民の代表機関である議会が定める条例の根拠を要するとする考え方によるものだ(法による行政の考え方については次回参照)。
加えて、現代国家においては、行政機能が拡大し、給付行政の比重が高まるとともに、民主主義の観点からも、行政の民主的なコントロールの必要性が増大しており、そのような状況の下で、法治主義の趣旨を徹底し、また、行政の民主化の要請にも応えていくためには、権力的な性質をもつ事務のほか、非権力的なものであっても住民の福祉や生活に直接影響を及ぼす事項、自治行政において基本となる重要事項についても条例で定めることが必要である。
実際にも、行政サービスの提供など非権力的な性質のものであっても(19)、条例で規定することが法令上義務付けられているものが少なくない。例えば、公の施設の設置・管理等に関する事項がその例であるが、公の施設によるサービス提供は、自治体が行う給付行政の中で、金銭の給付とともに、主要な形態の一つとなっており、住民生活の多様化に伴いその種類・数とも著しく増加し、条例の種類・数も相当数に上っている。また、公営住宅法、都市公園法、子ども子育て支援法、介護保険法、老人福祉法、障害者総合支援法など個別の法律で、それぞれの施設やサービスに関する事項を条例で定めることとしているものもある。
そのほか、行政手続、公文書管理、情報公開、個人情報保護などについても、各自治体において条例による制度の整備が求められている。
以上のように、条例で定めるべき事項はかなり広範多岐にわたっており、また、自治体においては法による行政を実現するために、法律によるほか、できる限り条例の定めによるようにすることが求められているといえる。そして、住民の権利利益にかかわる事項や自治の重要事項について条例で定めることを確保するのは議会の責務ともいうべきだろう。
なお、条例で定めるべき事項以外にも、自治体の事務に関するものである限り、条例を定めることは可能であり、これは、条例で定めることができる事項と呼ぶことができ、その外延は条例制定の限界ともなる。また、条例が法であることによる限界も存在するのであり、規範としての性質のないものや個人的道徳にかかわるものなどについて定める条例は抑制されるべきものであることが認識される必要がある。立法者としての自覚・見識が求められているといえる。
(1) ただし、誤解をしてはならないのは、自治体が統治団体とされるのは、あくまでも国家の枠組みの中での権力の分配の話(統治権は本来的に国家が有するもの)であり、国家の意思や国政の最高の決定権を意味する主権は国民にあるのであって、それが自治体や住民によって分有されることはない。また、統治団体といっても、住民自治を基本とする自治体は、国とはあり様を異にする。自治体については行政を行う公共団体と見る議論も根強い中で、地に足を着けた議論をすることが肝要であり、実態として統治団体と呼びうるようなものにしていくことこそ必要なのではないだろうか。もっとも、その一方で、今後の人口減少社会における自治のあり方をめぐり、一律に総合行政主体性を求めるのではなく多様なあり方を認めたり、地域自治だけでなく機能的自治の導入を図ろうとする動きなどもあり、逆に、統治団体性についても相対化されたり、一部がそれを喪失したりする可能性が出てきていることにも留意が必要だ。
(2) 行政法学においては、伝統的にそのように捉えられてきたのであり、行政機関のうち審議機関や参与機関として位置付けられることが多かった。そして、その背景には、自治体を統治団体ではなく、国家の行政機構の一部ないし行政主体として捉えてきたことなどもあるといわれる。
(3) ただし、条例で定めた行政上の義務について地方自治体が行政権の主体として民事訴訟でその履行を求めることについては、宝塚パチンコ店等建築規制条例事件・最判平成14年7月9日民集56巻6号1134頁が、裁判所法3条1項の「法律上の争訟」には該当せず、法律で特別の規定が設けられない限り認められないとする。他方、行政による強制である行政的執行については、法律によってしか義務の強制的な実現手段を定めることはできないものとされている。その点では、条例の実効性が十分には確保できない状況にあり、それが条例の効力的な限界の一つともなっており、立法論的には何らかの制度的な対応が必要だろう。
(4) 義務付け・枠付けの見直しでは、条例で定めることとするに当たり、施設・公物の設置管理基準については、国が「従うべき基準」・「標準」・「参酌すべき基準」を提示することができることとされ、従うべき基準が定められている例が少なくないが、本文に述べた観点からは、できるだけ限定していくことが必要である。
(5) 憲法による保障を、規則制定権も含む自治立法権の保障と捉えるか、条例制定権の保障と捉えるかという問題と、そもそも、それは憲法のどの条項によって保障されるのか、すなわち憲法の地方自治あるいは自治権の保障の中に自治立法権も含まれるとし、その根拠を憲法92条とするのか、あくまでも憲法94条によって創設的に自治立法権ないし条例制定権が保障されたとするのか、憲法92条と94条が相まって自治立法権を保障したとするのか(その場合、94条は特に条例制定権を保障したものとするのかどうか)で議論が分かれている。
(6) それだけでなく、その背景には国の法令の下に自治立法を位置付ける思考があったようにも思われる。その点では、従来の考え方では、国の法律を中心とした一元的な立法体制が念頭に置かれていたと見ることができるのかもしれない。
(7) 法律により規則の専属的な所管事項とされたものについては、条例で規定できないことは認めざるをえない。規則の専管事項とされているものとしては例えば財務に関する事項などがあるが、特別会計の設置など条例事項とされているものもある。いずれにしても、規則事項は機関委任事務の廃止などにより大きく減少した。
(8) 欧米諸国では、予算も法律の形式で決定するなど、法律と予算の形式を区別しないところが少なくないが、日本では、国でも、法律とは別の独自の法形式と解されている。自治体予算については、歳出予算が法的拘束力をもつとされるものの、予算の法的性格が論じられることはあまりない。
(9) 1996年12月6日の衆議院予算委員会(第139回国会同委員会会議録1号43頁以下)において大森政輔内閣法制局長官は、「憲法は、第8章におきまして地方自治の原則を明文で認めております。そして94条は、『地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有する、』このように明文で規定しているわけでございますので、地方公共団体の行政執行権は憲法上保障されておる。したがいまして、……憲法65条の『行政権は、内閣に属する。』というその意味は、行政権は原則として内閣に属するんだ。逆に言いますと、地方公共団体に属する地方行政執行権を除いた意味における行政の主体は、最高行政機関としては内閣である……という意味に解されております」と答弁している。なお、その後、1999年6月15日の参議院行財政改革・税制等に関する特別委員会(第145回国会同委員会会議録3号17頁)でのこの答弁をめぐる質疑の中で、同長官は、敷衍(ふえん)して、それは、内閣が地方公共団体が行う事務について一切の責任を負わない、あるいはかかわりをもたないということではなく、法律又はこれに基づく命令で、地方公共団体の行う事務について国が一定の関与を行うことを定めることは憲法上、当然に認められているとも述べている。
(10) その点では、自治体法は二元的な構成ではあるものの、国法と例規による完全な二元的法体制となっているわけではなく、条例等に一定の独立性・独自性を認めつつ、憲法と法律を基調とする融合的な法体制となっていると見る方が、そのあるべき姿はともかく、現実に近いのかもしれない。
(11) その上で、徳島市公安条例事件判決は、例えば、ある事項について、国の法令が規律していない場合でも、法令全体の趣旨から見てその欠如が規制をも施すことなく放置すべき趣旨と解されるときは、規律を設ける条例の規定は国の法令に違反することとなりうるし、逆に、特定事項について規律する国の法令と条例とが併存する場合でも、後者が前者と別の目的に基づく規律を意図するもので、その適用によって前者の規定の意図する目的と効果を何ら阻害することがないときや、両者が同一の目的に出たものであっても、国の法令が必ずしも全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨ではなく、それぞれの自治体においてその地方の実情に応じて別段の規制を施すことを容認する趣旨と解されるときは、国の法令と条例との間には何らの矛盾抵触はない、と述べており、その点についても十分留意しておく必要がある。なお、本文の基本的な判断枠組みについては、分権改革後も、最高裁(神奈川県臨時特例企業税条例事件・最判平成25年3月21日民集67巻3号438頁)によって維持されている。
(12) 「地方自治の本旨」は、地方自治を制度的保障と捉える通説的な見解によれば、法律によって侵しえない本質的・核心的なもの、法律を枠付けるものであり、その内容については、地方自治の実践などを通じて歴史的・制度的に定まってくるとされる。しかしながら、その内容については十分に議論され、豊富化されてきたとは言い難く、法律を限界付けるためには、改めて「地方自治の本旨」と向き合っていくことが必要である。
(13) 周知のとおり、地方自治法2条11項〜13項は、地方自治体に関する法令の規定について、①地方自治の本旨に基づき、かつ、国と地方自治体との適切な役割分担を踏まえたものでなければならないこと、②地方自治の本旨に基づいて、かつ、国と地方自治体との適切な役割分担を踏まえて、これを解釈し、運用しなければならないこと、③法律やこれに基づく政令により地方自治体が処理する事務が自治事務である場合には、国は、自治体が地域の特性に応じて事務を処理することができるよう特に配慮しなければならないことを定める。
(14) 「近接性・補完性の原理」は、公共的な決定はできる限り市民に近いところで行われるべきであるとの考え方に立ち、事務事業の配分を行おうとするものであり、まずは基礎自治体、次いで広域自治体に事務の優先的な配分を求めるものとして、地方自治法が定める「国と地方の役割分担の原則」の基礎ともなっているとされる。
(15) 法定受託事務については、国の法律・これに基づく政令により処理することが原則とされ、一般には国の法令等でその内容、基準、手続等が詳細に規定されているため、その分だけ条例でそれに関する規定を設ける余地は狭いともいえる。しかし、実際には法定受託事務とされている事務やそれに関する国の法令の規律の程度は様々であって、法定受託事務というだけで条例の対象とするのは難しいと考えるのではなく、地域的な事情等に応じた条例の制定が認められるべきかどうかということから判断されるべきだろう。
(16) 塩野宏「自治体と権力」同『法治主義の諸相』(再録、有斐閣、2001年)355頁以下は、ここまで「広範な立法権限を一律に認める地方自治制度は、おそらく比較法的にはめずらしい」とする。
(17) 第1次分権改革での機関委任事務の廃止、第2次分権改革での義務付け・枠付けの見直しの際の自治体側の対応には、安易なものやその場しのぎのものも散見されるなど、いろいろと問題があったことは否めない。法律による義務付け・枠付けの見直しは不十分なものにとどまったことは確かだが、そのような自治体側の対応が、さらなる見直しを拒む口実ともされかねないことなども考慮する必要がある。
(18) 判例も、東京都売春取締条例事件・最大判昭和33年10月15日刑集12巻14号3305頁で、「憲法が各地方公共団体の条例制定権を認める以上、地域によつて差別を生ずることは当然に予期されることであるから、かかる差別は憲法みずから容認するところである」と述べ、同様の立場に立っている。
(19) ただし、行政サービスに関する条例であっても、権力的な性質の規定を含むことが少なからず見られることにも注意する必要がある。
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