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2020.03.25 議会改革

第6回 議会と法 ─自治体議会法の特色とあり方─

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5 自治体議会における先例等

 議会の組織・運営などについて議会法規がある程度整備されたとしても、解釈の余地や欠缺(けんけつ)、現実とのギャップを生じることは避けられず、中には法規による規律になじまないものもあり、それらの点で、議会において、先例は不可避・不可欠の存在といえる。また、議会法規は、政治的対立のもとで、自主的・弾力的に運用されるのであり、その実効性は実践・慣行により裏付けられる面がある。
 先例は、自律権を背景・根拠とし、政治的な実践や調整を通じて形成されていくものであり、その機能ということから見ると、①議会法規の解釈に関するもの、②議会法規の規定を具体化するもの、③議会法規の欠缺を補充するもの、④議会法規で規定することがなじまないもの、⑤議会法規の規定を実質的に変更するものなどがありうる。なお、⑤の議会法規を実質的に修正・否定する先例が認められるには、少なくとも現実的な必要性・合理性と関係者の承認が必要であり、また、それは議会法規を改廃する効力までもつことはなく、その効力を停止するにとどまると見るべきであるが、他の機関や裁判所のチェックを受ける自治体議会の場合には、その余地はあまり大きくないのではないかと思われる。
 議会において先例に従うのは、過去から積み上げられてきた先例は、先人の知恵ないしプラクティスとして合理性を有し、尊重されるべきものであり、運営をめぐり対立が生じた場合にそれに従うことは争いを棚上げし、迅速かつ円滑に手続を進めることにもつながるからといえる。先例がもつ拘束力としては、法的拘束力、政治的な制裁等による政治的拘束力、道義的拘束力などがありうるが、その違いは相対的であり、また、その拘束力はかなり柔軟なものとなる。
 ところで、議会においては、多種多様なものが「先例」として語られ、混乱も見られることから、何が先例なのかについて、整理しておく必要がある。
 この点、自治体議会法の法源ということからは、法的拘束力をもつ慣習法的な慣行のみが対象となるとの議論もあるが、自治体議会法の規範としての性格・多様性、慣習法の要素とされる法的確信ないし規範意識の判断の困難性などからすると、政治的拘束力を伴う習律的な慣行や、道義的拘束力をもつ一般的な慣行も含め先例と捉えることができるだろう。もっとも、自治体議会において、そのような先例というものは、自律的な判断・対応が限定され、また、先例的なものとしては裁判所の判例の存在などもあって、それほど多くはないように思われる(20)
 他方、それらの規範的な慣行以外のものは、自治体議会法としての先例には含まれないことになるが、その一方で、現実の運営や審議においては、事実上のものやしきたり、審議のスタイル(例えば質疑中心の審議)なども重要な役割を果たし、それらが混然一体となって運営や審議のあり方を規定しているところがあり、また、過去の事例が必要に応じて参照されたり、インフォーマルな慣行等がそれらと結びついたりしながら実際上影響を及ぼしていることもある。議会の運営や審議のあり方を考えていく際には、本来的に先例とは言い難いそれらのものも、検討や改革の対象に加えることが必要だろう。
 また、総務省(旧自治省・自治庁・内務省)が示した地方自治法等の解釈・運用等に関する行政実例も、現在においては技術的な助言として参考資料にすぎないものと捉えるべきであるが、自治の現場では、先例的なものとされており、実際には、判例や自らの解釈よりも、行政実例を重視する風潮がいまだに根強い(21)
 なお、先例といえるためには、議会運営の中での積み重ねにより、関係者が何らかの拘束感をもって従っていることが必要となり、その場合には、多数派だけでなく、少数派の黙認も含む同意が必要である。また、先例は、行為・事例の反復だけでなく、議会、議長、議会運営委員会の決定など1回の行為によって形成されることもある。そして、先例がルールとして合理性や安定性を備える上で重要となるのが、多数派と少数派の間での立場の互換性であり、そのことが、多数派の自制や両者の協調的姿勢につながり、偏りのない先例が生み出されやすくなるといえる。先例であるかどうかは上記の機関など何らかの形で認定が行われることもあれば、先例集やマニュアルに掲載されることで先例化することもあるが、後者においては議会事務局が重要な役割を果たしていることが多い。
 先例とはいえ、法の解釈や欠缺補充(継続形成)の作法に従うべきことは当然であり、また、自治体議会法の原理・原則や体系に矛盾するものであってはならない。政治的な思惑や妥協により適合性・一貫性・整合性を欠く先例が生み出されることもあるが、それらの点から限界付けられる必要があるほか、その透明性・アカウンタビリティの向上を図ることも重要である。
 先例は、柔軟性を備え、それにより弾力的な運営が可能となるとともに、先例そのものも変化していくことになり、議会法規と比べて適応性・可変性が高いともいえる。もっとも、中には、固定化・硬直化しているものもあり、そのような先例は、時代にそぐわないもの・合理的な運営等を妨げるものとして、改革の対象ともなりうる。しかしながら、現実には、その改革は容易には進まず、漫然と維持されることも少なくなく、その点については特に先例とまではいえないような慣例等でも見受けられる。安易な前例踏襲に陥ったり、固定観念や政治的利害などにとらわれたりすることなく、そのあり方を継続的に問うていくことが必要だろう。

(1) 立法過程(議会手続)については、同じ法規範の形成過程(類似の段階的な意思形成過程)であるとして、司法過程(訴訟手続)と類比されることもあるが、議員が様々な意見や利害を反映・調整しつつ政治的に決定を行う議会手続と対審構造のもとで第三者である裁判官が判断を下す訴訟手続とでは、その構造が大きく異なるところがある。
(2) 議会法について、代表民主制を採用する議会制度に関わる法といったように広義に捉えた場合には、選挙法のほか、政党関係や政治資金関係の法も、これに含まれることになる。
(3) 国会と自治体議会に関わる法を「議会法」と捉える考え方も見られるが、本文で述べるとおり、議会法と自治体議会法とでは性格等を異にするところがあり、同一に論じることは難しいのではないかと思われる。
(4) ただし、実際には、両議院関係だけでなく、議院の内部事項についてまで詳細に定める国会法が存在しており、後掲注(18)でも触れるように、それによって議院の規則制定権が制約されている状況にある。その点では、少なくとも憲法附属法として国会法と地方自治法が制定された1947年当時においては、議会や議院の自律権に関する理解が必ずしも十分ではなかったか、あるいはそれを抑制しようとする何らかの思惑がそれぞれ働いた可能性もないわけではない。
(5) むしろ立法作用などの議会の作用は、本質的に政治的なものであって、本来的には、法的規律の対象にはなじまず、動態的・弾力的な政治的動き・対応に委ねられるのが妥当であると考えられてきたところもある。法的規律が行われるようになっても、そのような点が法の性格に顕現しているところがあるといえる。
(6) 判例、先例、行政実例については、それぞれ法的拘束力をもつかどうかは議論のあるところ(行政実例については法的拘束力はないというべき)であるが、実際上・事実上の拘束力をもち、実質的に法と同じような働きをしているものもある。
(7) 地方自治法の議会に関する規律は、地方分権改革を通じて緩和されてきているところもあるが、それは、条例事項の拡大によるものが少なくなく、議会の自律権というよりも、自治体の自治組織権の強化といった発想が強いようにも見受けられる。
(8) 国会についても、広い自律権が認められているとはいえ、憲法によって議事手続の重要事項は規定されているなど、憲法上の制約を受ける。そのことは「合理化された議会制」の一つの表れと見ることもできるだろう。
(9) その議決が処分として行政事件訴訟の対象となったり、国家賠償請求や住民訴訟において議会の手続や議決の適法性等が審査されたりすることがあるほか、違法再議の場合も裁判所が最終的には審査することになる。
(10) 宮澤俊義「議会制の生理と病理」公法研究23号(1961年)は、議会制の本質的な原理として、代表と多数決の二つを挙げ、代表を「たての原理」、多数決を「よこの原理」とするとともに、議会が「代表」的性格を有するとは、「国民全体のうちに現に存する各種政治的意見ないし傾向の少なくとも支配的なものが、議会での議員の行動において、具体的に主張される最大限の公算が存することをいう」とし、また、多数決は、議会が合議体であることから当然に出てくるもので、違った意見の対立を前提とし、そこから議会の本質は、討論(discussion)にあるといわれることが多いとする。

(11)討議自由・表決自由の原則は、代表原理から導き出されるものであり、また、その前提として、議員の平等な主体性・権利の確保のほか、少数派への機会の保障(賛成派と反対派の平等)なども求められることになる。
(12) 一事不再議の原則は、自治体議会においては会議規則で規定されることが多いようだが、安定性・効率性や、住民の信頼といったことからは、なお重要な意味をもつものの、会期の長期化、目まぐるしい社会状況の変化等による会期内での同一問題への対応の必要性などもあって、それほど厳格なものとは解されなくなってきている。
(13) とりわけ、討議自由・表決自由の原則については、普通選挙の導入や社会的利害の多様化・対立の激化に伴う同質性の喪失、政党や会派の発達とそれによる党議拘束・統制などによって、建前化し、議員の主体性の低下(陪臣化)が進んでいることは、周知のとおりである。
(14) 地方自治法においても、定足数の原則について議員定数の半数に達しない場合でも会議を開くことを可能とする例外、過半数の原則について特別多数による議決を要する場合、審議公開の原則について秘密会の例外、一事不再議の原則について再議制度の例外がそれぞれ認められている。
(15) 現代の代表民主制においては、そのような擬制そのものがもはや成り立たないとの議論もあるが、民主性の要請の考え方を示す理念的なものとして語ることは可能であり、また、自治体議会については、住民自治の観点からも、両者の事実上の一致が強く求められることはすでに述べたとおりである。
(16) 議会の規則制定権は、議会を議事機関と定め、二元代表制を採用する憲法からもある程度導き出すことができ、それによるものは議会規則と位置付けることができるのではないかと思われるが、現行法にはそのような発想はほとんど見られず、むしろ「議会規則」という言葉を持ち出すと、「会議規則」の間違いではないかと指摘を受けるような始末である。
(17) 地方自治法120条について、内務省行政課は1947年に「都道府県議会会議規則(準則)」を各都道府県の総務部長宛に送付したほか、1956年の都道府県議会議長会による標準会議規則の作成の際には自治庁行政課や国会事務局の関係者の影響も指摘されている(岡㟢加奈子「自治体議会における議会運営のルール─常任委員会制度の形成をめぐる議論を中心に─」廣瀬克哉編著『自治体議会改革の固有性と普遍性』(法政大学現代法研究所、2018年)92〜94頁)。そこでは、所管官庁の自治体議会に関する見方や、国会法・議院規則・先例等を踏まえた国会事務局関係者の知見などが何らかの形で反映され、それが、市議会議長会や町村議会議長会の標準会議規則にも波及した可能性もある。
(18) 国会においても、国会法の存在・重視に見られるように、法律偏重・法律信仰といったものがあり、国会法で議院の内部事項まで定めることにより、それぞれの議院の規則制定権を縛り、制度改革を難しくしているといった状況が見受けられる。
(19) すなわち、自治体議会法の規定については、それに違反した行為の効力のみに関わるものと、決定の効力にまで影響を及ぼすものがあり、後者に該当するものはそれほど多くはないともいえる。特に、事後にその違反が争われる場合には、法的安定性や瑕疵の重大性といったことも問題となり、手続や決定の効力が争われる場合には、議会の行為の核心的なものや自治体議会法の原則に関わるものかどうかが大きな意味をもつことになる可能性が高い。
(20) 自治体議会の場合には、おそらく、慣習法的な慣行とまでいえるものは少ないだけでなく、自治体議会法における先例の比重もあまり大きくないのではないかと思われる。むしろ、実際には、規範的な慣行以外の慣例や事例、あるいは行政実例が、議会の運営や審議のあり方に影響を及ぼしていることが少なくないのではないだろうか。
(21) 行政実例の中には合理的なものも少なくなく、重要な参考資料となるものではあるが、地方自治法の議会に関する規定については、その第1次的な解釈権は自治体議会にあるのであり、議事のルールは一般化されているとはいえ、それぞれの議会において事案や状況に応じて合理的かつ適切な解釈を行っていくことが建前となる。

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