2019.12.25 議員活動
第1回 自治体議員が市民・首長・職員と向き合うことの重要性
大和大学政治経済学部教授 田中富雄
不確実性の中で「生きる」
自治体を取り巻く将来の環境が不明である以上、正解はどこにもなく正解を探すことはかなわない。いつ地震が起きるかもしれないし、台風による風雨害などで被害を受けるかもしれない。一方、新しい技術が開発され経済的に発展するかもしれないし、新エネルギー資源が発見されるかもしない。そのため議会・議員は、このような変化を受け自分たちの自治体が将来どのように変容するかを確認できない。不確実性の中で、「たぶんこうなるであろう」という予測と調整を繰り返しながら議会・議員活動をすることになる。
議会・議員は市民の声を聴き議員活動をしている。議会として専門家の知見を参考にすることもある。もちろん、首長をはじめ行政組織の声を聴いて議会・議員活動をしている。しかし、これら多様な関係者の声も地域のあり方についての正解を示しているわけではない。このような中で議会・議員は、地域づくりにかかわる関係者とどのように向き合うことが求められているのだろうか。
求められる信頼・納得
議事機関である議会を構成する議員は、公選職であり市民の代理人である。そして、市民のために二元代表制のもと、首長とはけん制・競争・連携・協力する関係にある。そこでは、議会・議員には、市民や行政(首長・職員)との間に信頼関係が求められる。信頼があるからこそ、連携・協力はもとより、けん制・競争という自治体関係者において有意義かつ難しい関係も成立し機能することになる。
そして、信頼関係が成立するためには、納得できることが重要である。納得とは、違いを受け入れることである。例えば、税率の違い(累進課税)やサービスの違い(介護)があっても、このくらいなら自分が多く負担するとしても「明日は我が身」(失業、ケガ)ということで納得し、その納得が合意につながる。また、納得するためには、期限、品質、コストが適切でなければならない。そのためには、情報の違いを少なくすること(情報の対称性)が重要である。情報の違いが多くなると(情報の非対称性)、最終的には納得することが容易でなくなる。
議員と同様に、公選職である首長も本人である市民の代理人である。首長の部下である職員は首長の代理人である。ここでも、円滑な本人・代理人関係を築くためには、その関係性として信頼が求められる。そして、信頼関係が成立するためには、前述のように納得できることが重要である。例えば、山本五十六の言葉に「やってみせ言って聞かせてさせてみせほめてやらねば人は動かじ」があるが、この言葉は「やってみせ」(理解)、「言って聞かせて」(理解)⇒「させてみせ」(行動)⇒「ほめてやらねば」(安心・相互信頼) ⇒「人は動かじ」(納得・行動)、と捉えることができよう。
関係者がもつ多様性と可謬(かびゅう)性
「市民・政治家」、「政治家・職員」と続く連続する本人と代理人の関係は、「本人・代理人関係の連鎖」(以下「連鎖」という)として知られている。この「連鎖」を前提として、自治体の政治家である議員は、議会を構成し、首長を頂点とする行政組織と分業しながら市民と向き合っている。では、市民のために、議会・議員は、どのように自らの責務を果たしていったらよいのだろうか。そのことを考えるには、関係者の特徴を踏まえることが有益と思われる。
まず、「連鎖」のスタートとなる本人である主権者・有権者は多様である。議員も多様である。そもそも、多様な議員で構成される議会は市民の多様性を反映していることが期待される。首長は1人であるが、首長の思考は多様な主権者・有権者の数だけ分割され、かつ統合されていなければならない。一面ごとに色が異なる多面体のイメージであろうか。では、職員はどうか。職員は首長の命令を受けるので、首長が多色である以上、首長の代理人である職員も多色であることが、首長からも、また首長の本人である市民からも期待されていると考えることができる。
さて、自治体という舞台に登場する市民、議会・議員、首長・職員という組織や人はいずれも可謬性をもつ。人には能力の限界があるため、人が常に適切な判断をすることはなしえない。組織は、そもそも人により構成されている。そのため、組織であり人である議会も議員も、首長も職員も可謬性をもつ。そして、議員だけではなく議会事務局職員が自分に都合のいいように振る舞うこともありえる。議員と議会事務局職員の議会内同盟(市民を裏切り、議員と議会事務局職員の利益をもたらす行動)も、議会自ら注意しなければならない。
議会・議員と首長・職員の権能・悪構造性・政策選好
では、議会・議員と首長・職員のもつ権能は、どのようなものであろうか。もちろん、議会・議員と首長・職員のもつ権能は異なる。しかし、両者の権能の大小は、かなり拮抗(きっこう)している。職員も政治的正統性をもたず、あくまでも補助機関であるが、大きな力をもっている。権能の相違・大小は、アジェンダ設定・政策立案・決定・実施・評価という政策過程において、議会・議員・首長・職員において異なるが、権能全体としてはかなり拮抗しているとみることができる。そのため、議会・議員と首長・職員の政策選好が合致しているのであればよいのであるが、政策選好が相違している場合には、自治体内は動きのとれない停滞した混乱状況に陥る。
次に、議会・議員と首長・職員の悪構造性について確認する。議会は、公選職である議員により構成される合議制の機関である。このため、悪構造性をもつ。ここで悪構造性とは、関係者が複数いることで、現状認識、目標、目標達成手段などについての合意形成が容易でない性質を意味する。そして、議員は、当選、政策、役職という政策選好をもつが、議員一人ひとりの置かれた状況により、どのような政策選好に、より重きを置くかは異なる。
では、首長・職員については、どうであろうか。首長は、職員のサポートが必要である。そのため、首長といえども職員との合議による職務遂行が求められる。つまり、議会と同様に悪構造性をもつ組織の中で仕事をすることになる。そして、首長は議員と同じように当選、政策、役職という政策選好をもつが、首長の置かれた状況により、どのような政策選好に重きを置くかは異なる。
職員は、首長の部下であり階層性組織の中で合議による職務遂行が求められている。そのため、議会・議員や首長と同様に悪構造性をもつ組織の中で仕事をする。そして、職員は役職、給与、職務という政策選好をもつが、職員一人ひとりの置かれた状況により、政策選好は異なる。