2019.10.10 議会運営
第46回 議決を欠いた議決事件の行為の効力はどうなる?
回答へのアプローチ
和解とは、紛争の当事者が互いに主張を譲り合うことで紛争を解決することをいいます。職員が公用車で交通事故を起こしてしまった場合や、本件のように、市民が市の施設でけがをしてしまった場合に、修理費や治療費について被害者と示談し、紛争を解決する例が和解に当たります。
自治体の和解については、本条1項12号(以下「本号」といいます)で「普通地方公共団体がその当事者である審査請求その他の不服申立て、訴えの提起……、和解……、あつせん、調停及び仲裁に関すること」には議決が必要である旨が規定されています。
議決を欠く和解(議決自体がなかった場合や議決の手続に瑕疵(かし)があった場合が考えられます)の効力を考えるには、本条がどのような趣旨で規定されたのかという点から探っていく必要があります。
冒頭で、議決事件を「議決しなければならない事項」と紹介しました。しかし、実は、議会が採決をして決定する事項は、議決事件以外にも、意見書の提出(地方自治法99条)、議員に対する懲罰(同法134条1項)、副知事等の選任の同意(同法162条)など様々なものがあります。
例えば、意見書の提出に関する議決は、議会が自治体の機関としての意見を表明するための手続であるとして、仮に議決を欠いたとしても、直ちに対外的な有効・無効の問題は生じないと解する余地があります。また、懲罰の議決に基づき議長が戒告文を朗読した、あるいは、議員が議場で陳謝したが、議決に瑕疵があったという場合には、議決の取消しが可能だとしても、戒告文の朗読や陳謝したこと自体が無効となって消滅するわけではありません。
これらに対し、議決権は、自治体そのものの意思を決定する権限であって、議決事件について定めた本条は、自治体や住民に対する影響が大きいと思われる重要事項を特にピックアップし、それらに関する自治体の意思決定を議会に委ねようという趣旨で規定されたものです。そして、訴えの提起や和解については、自治体が法的な紛争の結果、法的・財政的に大きな負担を負う可能性があることを念頭に、議決事件として位置付けられました。
このような本条の趣旨と位置付けからすると、議決を欠いた議決事件の行為は、単なる内部的な手続違反にとどまるものではなく、自治体の意思に基づかない無権限な行為であって、原則として無効になると考えられます。
本件については、単なる自治体内部の手続的なミス(A)ということはできず、また、被害者(和解の相手方)が議決事件であることを知っていたかどうかといった事情で効力が左右される(C)と考えることも難しそうです。
結論としては、本件の和解契約は、議決を欠いている以上、対外的には無効なものといわざるをえず、A市としては、改めて議決を受ける必要があります。したがって、Bを正解としたいと思います。
和解契約が無効となった場合、本来であれば、議決を受けた上で契約を結び直す必要があります。ただし、議決を欠いた違法な契約が議決によって事後的に適法になることを認めた判例もあります(和歌山地判昭和59年10月31日昭和57年(行ウ)4号(判例地方自治9号73頁))。この判例の考え方を参考に、契約を無効とせず、議決を待って賠償金の支払い等の手続を進めることも可能と考えられます。
実務の輝き・提言
本号には、読み方の難しさだけでなく、内容の難しさもあります。しっかりと内容を把握しておかないと、本件のように「必要な議決を受けなかった」というだけでなく、「必要のない議決を受けてしまった」ということにもなりかねません。必要のない議決を受けたからといって、議決に基づいた行為が無効となるといったような直接の影響はありませんが、そのような事態が生じることは、決して望ましいことではありません。
令和元年8月には、N市議会で議決が必要ない事項について議決がされたというニュースが報道されました。その内容は、次のようなものです。
N市では、市長による行政処分(土地区画整理事業における土地の換価処分)の取消しを求める訴訟が、N市を被告として、地権者の相続人から提起されました。N市は、第1審で敗訴してしまったので、判決を不服として上級審(高裁)に上訴することとしたのですが、その上訴には議決は必要ないにもかかわらず、議会に上訴の議案を提案してしまい、可決の議決を受けたというものでした。
どういうことか、簡単に説明します。
本号は、訴えの提起について、二つのことを規定しています。
一つ目が原則で、「自治体が当事者となる訴えの提起には議決が必要」ということです。この「訴えの提起」には、①原告として訴えを提起することと、②被告として訴えられた訴 訟で上級審に上訴することを含みます。
二つ目は例外で、「行政庁(長、教育長など)の処分・裁決の取消しを求める訴訟については、②に該当するものであっても上訴に議決は必要ない」ということです。この例外は、本号の括弧書きに規定されており、長などの行った行政処分の適法性について上級審で争うに当たり、議会の判断を求める必要はないという趣旨が表されています。
N市の訴訟は市長の処分の取消しを求めるものなので、その上訴は②の例外に当たり、議決は必要ありませんでした。N市は、ここを誤解して、上訴の議案を議会に提案してしまったのです。
N市では、市議会で再発防止を求める決議が全会一致で可決され、市長が本会議で陳謝するという一幕もあったようです。
確かに、長から提案された議案が議決事件に該当するかどうかを議員や議会事務局が、一つひとつすべてチェックするというのは現実的ではありません。
まずは執行機関側で、案件の内容や本条の条文を精査し、前例のない案件や特殊な案件の場合には、法文の読み方に精通した法規部門とも連携し、その案件が議決事件に該当するか否かをしっかりと確認してから、責任を持って議会に提案すべきであることはいうまでもありません。
とはいえ、議会としても、提案された事項が議決事件か否かは、自らの最も重要な権限である議決権にかかわることです。議員や議会事務局でも本条を正しく理解し、万が一にも議決を必要としない事項が提案されたときには、議決を行う前に、長にその旨を指摘することが望ましいことも、また、いうまでもありません。