2019.09.25 政策研究
議会のための職員人事のトリセツ
職員人事権力の正常化
このように見ると、議会・議員に対して自治体職員が、すなわち、首長部局職員にせよ議会事務局職員にせよ、全ての団体としての職員がまっとうな補佐を行えるためには、首長による人事権力の専断を防止することが必要である。それには、公務員制度の建前に従い、首長の任命権に様々な制約を付与し、首長が人事を壟断(ろうだん)しないようにすることである。
もっとも、こうしたお題目は、現実の政治力学のもとでは無力である。首長が人事を専断しないようにするには、首長に対抗する権力が必要である。つまり、首長に対して、あらかじめ議会側が対抗力を持っていれば、結果として、首長は自治体職員の人事を専断することはできず、それゆえ、議会・議員側は広く自治体職員の支援を求めることができるようになる。議会・議員が自治体職員の支援を受けられるようになれば、ますます首長に対する対抗力を持つようになる。
つまり、この論理は、「鶏と卵」の再生産メカニズムであり、いったんこのように人事が正常化されると、安定的に好循環して持続できる。しかし、現状においてこの再生産メカニズムが機能しておらず、首長に権力が集中していると、安定的な悪循環となって、その輪廻(りんね)から抜け出すことは容易ではない。権力のある首長は人事を壟断し、それゆえに、ますます職員の支援と忠誠を一手に受け、ますます権力を拡大するという「好循環」(議会・議員から見れば悪循環)となる。
職員人事の正常化は、議会機能の強化でもあるが、そこに至る道は容易には見つからない。そこで、現実に首長が人事権力を掌握しているならば、議会側は首長の人事権力の行使を厳しく監視し、その非を明らかにしていくという地道な作業を抜きに、改善することはできない。逆に、職員人事は首長の専権事項として、職員人事に議会が関心を持たないときには、議会は首長優位体制を覆すことはできない。
議会と職員人事
このように、議会強化のためには、議会側は、議会事務局職員を使いこなし、議会のために仕事をした議会事務局職員が首長によって人事的にいじめられるのを防ぐように守るだけでは足りない。議会強化のためには、執行部・首長部局職員にも、団体としての自治体職員として、議会・議員に対しても仕事をするように仕向けなければならない。それゆえに、執行部・首長部局職員の人事にも、大いに関心を示さなければならない。
もっとも、従来、議会や議員が執行部職員に関心を持つことは、むしろ弊害も引き起こしてきた。例えば、首長与党系の有力議員は、自らの支持母体や様々なしがらみから、特定職員の人事に口を出し、優遇や冷遇を求めたりする。これは首長が行おうとする適材適所の能力主義人事を破壊し、むしろ首長与党系議員による情実(えこひいき)人事や懲罰(見せしめ)人事になりうる。
もちろん、首長自身も情実・懲罰人事をしている可能性があるから、議員の口出しだけを批判するのはおかしい。組織内部の奥で行われるために見えにくい首長のえこひいき・見せしめ人事の弊害も小さくない。それよりは、有力議員による露骨な口出しの方が、明るみに出る可能性が高いだけ、まだましかもしれない。首長・有力議員のいずれにせよ、権力的な人事介入は適正とはいえない。
また、例えば、アイデアがあって行動的な職員が、しばしば議会によってやり玉に挙げられ、「出る杭は打たれる」こともある。これは、ときに、議会の反首長系議員からなされることになる。仮に、首長にとって極めて有能で行動的な職員であっても、議会対策の観点からは、当該職員を「切る」しかない局面に追い込まれることはある。その意味では、自治体の適材適所の人事を阻害し、単なる「議会受け」のよい「ごますり」的職員の跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)を許すことになる。
なお、首長の目から見て跳ね上がりすぎた職員も、「出る杭は打たれる」として、首長によって冷遇される。このように、首長自身も適材適所の人事をするとは限らず、単にイエスマンで組織を固めることもありえる。したがって、特定職員に対する攻撃は、野党系議員によっても、首長によっても、そして与党系議員によってもありえるし、いずれにせよ好ましいものではない。
議会が自治体職員人事に関心を持つということは、権力的・政治的介入をすべきだということではない。むしろ逆であって、首長が能力主義などを壟断する情実人事を行っていないか、監視することが議会の任務である。あるいは、首長が勝手に独断的な政策を進めるときに、手足のように重用する「ごますり職員」の存在を排除し、自治体全体の政策決定に即した行動を行う職員を育てるように、首長を監視するのが議会の任務である。
要するに、議会は首長による人事権力の行使に関心を持ち、厳しく監視する必要がある。その意味で、消極的あるいは阻止的な人事介入は許される。しかし、議会・議員にとって、「イエスマン」や「受けのいい」人を重用し、さらには、特定の支持者・支援者の優遇を求め、あるいは、気に入らない職員を排除する、というような人事介入はあってはならない。積極的あるいは形成的な人事介入は許されない。このようにして初めて、議会・議員は自治体職員の支援をアテにできるようになる。
おわりに
首長が自治体職員に対する人事権力を握っている状況が、議会事務局の職員にせよ、執行部職員にせよ、議会・議員を支援できない構造である。したがって、議会の機能強化のためには首長による人事の壟断を抑えることが、必要条件である。もっとも、これは充分条件ではない。首長・議会がともに自治体職員の人事を差配できないのであれば、行政職員が自律的に行動できるようになり、首長に対しても、議会・議員に対しても、支援をしなくなるかもしれない。その意味では、議会・議員は、首長の人事権力掌握を阻止するだけではだめである。
それゆえ、ことを焦る与党系有力議員は、首長と結託して、首長を通じて職員人事に介入しようとする。そうなれば、与党系有力議員は、執行部職員を呼びつけて説明を求めたり、個別対応を要求することもできるようになるかもしれない。とはいえ、これでは、結局は首長を通じた人事であり、首長の決定を通じた影響力の行使、つまり口利きにしかならない。
結局、首長と議会とを通じる一体としてのリーダーシップを確立するしかない。それは、二元代表制でも首長制でもなく、討議広場議会制ということである。首長の単独決定を通じないで、フォーラムとして団体決定することである。