2019.09.25 政策研究
議会のための職員人事のトリセツ
任命権者制度から来る誤解
上記のように、現実的に可能かどうかは怪しいし、政策的にも規範的にも望ましいかどうかは分からないが、議会事務局を強化するしかないと考えられるのは、職員人事に関する法制度が建前的に存在するからである。つまり、首長部局の行政職員の任命権(人事権)は首長が持っており、通常の首長部局の職員の上司は首長であって、議会・議員ではない(地方自治法172条2項、4項)。したがって、首長部局職員は首長を補助するのであって、議会や議員を補助するのではない。そのため、議会・議員の支援を強化するには、議会事務局を強化するしかない。議会事務局の職員の任免権(人事権)や指揮権は、議長にあるからである(地方自治法138条5項、7項)。というような、一見するともっともな法制的な建前論である(地方公務員法6条)。しかし、議会事務局が、首長部局ほどの職員数を抱えることはありえないかから、議会事務局強化論は、百年河清を俟(ま)つがごとくに実現しないのである。
しかし、こうした発想は全くの誤解である。任命権者はそれぞれに異なっているにせよ、団体としての地方公共団体(自治体)の職員である点では、首長部局各課で勤務していようと、議会事務局で勤務していようと同じである(地方自治法172条1項)。首長と議員は、あくまで討議広場において議論をして自治体全体の政策や方針を政治家として決定するのであって、自治体職員は総体としての政治的決定を支えるものである。したがって、首長部局をはじめ、執行機関の行政職員も議会・議員を支援すべきなのである。実際、議会には執行部幹部職員が出席して答弁しているが、これはその現れである。首長部局行政職員も、首長を補佐するためにのみ議会に出席しているのではなく、自治体全体のために出席している。
実際、任命権者が議長である議会事務局職員も、任命権者が教育委員会である教育委員会事務局職員も、実態としては、当該自治体の職員として一体の集団をなしている。それゆえにこそ、議会事務局職員も、実態においては、法制的な任命権者ではない首長の議会対策のためとしての橋頭堡(きょうとうほ)として仕事をしている。つまり、事実においても、任命権の所在において、職員の忠誠先が変わるわけではない。
首長による人事専断体制の問題
実態として、首長部局の行政職員が首長のみを補佐するのは、法制度的に任命権(人事権限)を首長が持っているからではない。むしろ、事実として、首長が人事権力を揮(ふる)っているからである。あるいは、副首長や人事担当幹部職員を通じて、首長が間接的に人事権力を行使しているからである。同様に、議会事務局の職員や各委員会・委員事務局の職員が首長に向いて仕事をするのは、法制度的な任命権の有無とは関係ない。要するに、任命権の所在の有無とは無関係に、首長のお眼鏡にかなえば出世できるが、首長に逆らえば左遷される、という人事慣行がしばしば見られるからである。
しかし、このような首長の職員人事への権力的介入は、議会事務局・委員会事務局の職員に対してはもちろんであるが、首長部局職員に対しても、決して正しい公務員制度の運用ではない。
法制度的には人事権は任命権者にあるが、一般職の行政職員については、成績主義(有能性・専門性・能率性)、政治的中立性、公正性、平等性、身分保障性など、様々な制約が課されているのであって、任命権者のフリーハンドではない。そもそも、「任命権」(地方公務員法)と呼ばれて、「任免権」(地方自治法)とか「人事権」と呼ばれないのは、人事の全てが自由裁量ではない、特に、気に入らない職員を罷免・左遷してはいけない、という趣旨なのである。人事権者に任免のフリーハンドを持たせるのは、政治任用と考えられる特別職、例えば、副知事・副市区町村長や特別秘書程度である。任命権の所在は、当該職員が仕えるべき相手方を決めるものではない。職員が仕えるべきは、団体としての自治体である。