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2019.07.25 政策研究

議会の解体新書

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東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授(都市行政学・自治体行政学) 金井利之

はじめに

 前回は、拙著『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、2019年)が、「トリセツ」という題名になったことについて、所感を述べたところである。もっとも、当初から「トリセツ」という題名を考えていたわけではない。今回は、本書の題名を決めるまでの思索を振り返ってみよう。

解体新書・解剖学

 この連載は、直前の「ギカイ解体新書」を引き継いで、「新・ギカイ解体新書」と銘打っている。それは、筆者のスタンスを明らかにしており、また、連載の内容とも合致していると思う。すなわち、議会や議員という実態を腑(ふ)分けして、その姿を学術的な意味で、白日のもとにさらすことである。
 いうまでもなく、『解体新書』は、江戸時代における蘭学事始を告げる記念碑的な著作の題名である(1)。オランダ語版『ターヘル・アナトミア』を、杉田玄白・前野良沢が翻訳したものである。従来の漢方医学における人体図解が、腑分けで眼前に示される「事実」とあまりに異なることに、そして、腑分けで示される「事実」が、『ターヘル・アナトミア』の図解とあまりに似ていることに驚嘆した両者が、日本語訳(漢文訳)を試みたものである。その意味で、図解の方が重要であり、『解体約図』が先行出版されている。
 もちろん、従来の中医学の経絡・経穴の図解が無意味かというと、全くそういうことはないだろう。それは、漢方治療において極めて重要な関係性を示すものであり、三次元的に「ありのまま」に「事実」を表現していなくても、治療に役立てばよい。逆に、人体地図を正確に描くことが、治療に役立つとは限らないからである。
 実際の地図においても同様であり、伊能忠敬が実測地図をつくるまで、全く近世日本において有用な地図がなかったわけではない。検地の結果、石高と人口と村落共同体が明らかにされていれば、村々や道が「串団子」や「ぶどうの房」のように地図に描かれていたとしても、実用的には問題はない。あるいは、江戸切り絵図のように、屋敷の名称・大きさ・入口・相隣関係が分かれば充分でもある。
 現代でも同様である。例えば、イージス・アショアの適地・不適地を地元住民に対して正当化するという実用目的があれば、不適地については山の陰になってレーダーが使えないかのように印象操作する必要がある。そこで、水平方向に比べて、垂直方向を大きく見せることが好都合である。それに有用なGoogle Earth地図を使って、ある立地はあたかも山の陰になっていて、配備の不適地となり、国の示す唯一の立地候補のみが適地となるという結論を導く必要がある。要するに、データに基づいて政策決定をするEBPM(Evidence Based Policy Making)ではなく、政策の「結論ありき」によってデータをつくるPBEM(Policy Based Evidence Making)を行うものである。「実学」的には、何かの目的を設定して、それに役立つように、適当に描けばよい。

処方と分析

 『解体新書』は、要するに、必ずしも処方的な提言や特定の結論を、直ちに誘導するために人体図解を描くのではない。あくまで、虚心坦懐(たんかい)に「事実」を再現しようというものである。この連載は、必ずしも性急に処方箋を描くものではないし、そもそも「結論ありき」のもとで、特定の政策提言や改革論を説得するための理論武装でもない。本書もこの連載の本意を引き継ぐのであれば、むしろ「取扱説明」を提示するわけではなく、『解体約図』とか『解剖図』と命名すべきだったかもしれない。とはいえ、あまり図解をしていないので、『非破壊検査』といったところかもしれない。
 実は、旧「ギカイ解体新書」の前の連載名は、「自治体議会改革」であった。いうまでもなく、普通に「改革」と命名すれば、自治体議会を改革するための処方箋を示すような、実践的・実用的な意図を持つ印象を与えるだろう。ただし、当該連載の実態は、むしろ「自治体議会改革」と称して行われている諸活動実態を解体し解剖することであった。「自治体議会改革なる営為の解体新書」である。その意味で、これらの連載は、実態解明なき政策提言に距離をとりたいというものである。解剖されるべき対象は、自治体議会そのものではなく、自治体議会改革の諸活動である。
 近年の「新・ギカイ解体新書」において、国の「地方議会」に関する報告書への評論を行っているのも、同様の趣旨である。「議会のあり方」などを検討すると称して国が行っている諸活動の実態を、解体し解剖することである。ここでは、解剖される対象が、自治体議会そのもの、自治体議会改革の諸活動から、国政の人々の自治体議会に対する諸活動に移ってはいる。
 もっとも、処方を行うときに、一定の「事実」に対する分析がないはずはない。ただし、その分析が適切であるかどうかは、純粋に問われなくてはならない。しばしば「検査漬け」と称するように、検査によってデータは大量に集めるものの、問診その他によって総体を分析することなく表面的な処方に至ってしまうこともあろう。あるいは、当該個体に対する分析は行わず、単に治療の先行事例や統計的実績を紹介するばかりで、当該個体に対する分析の代わりにしてしまうこともある。そして、最悪には、処方を決定してから、それに合わせて分析結果を変えることもある(PBEM)。こうしたことから自由になるためには、処方をとりあえずは考えずに、解剖に専心するしかない。

自治体議会学

 自治体議会の実態に関する包括的な分析という意味では、「自治体議会学」というタイトルもありえた。筆者自身の著書に『実践自治体行政学』(第一法規、2010年)というものもあるので、それと姉妹版的に『○○自治体議会学』などという具合である。もっとも、すでに世の中には『自治体議会学』という書籍が、同業他社刊により広く知れ渡っており、二番煎じになることは否めないだろう(2)
 ただ、それ以上に、「○○」の部分に何を代入するかは難しい。仮に、「実践」という場合には、処方箋として役に立つような側面が重視されよう。『実践自治体行政学』においては、まさにそのように、総合計画、自治基本条例、行政評価、行政改革の実践への参画から得た知識が重視されている。しかし、本書の場合には、そうした実践への参画の経験は前面に出ていない。自治体議会改革に関係する機会は、ほとんどなかったからである。あえて考えるとすれば、「解剖」とか「分析」とか「非破壊検査」とか「深層」とか、実情を腑分けするイメージを出すことになっただろう。そこで、「○○」には「探索」という用語が検討されたこともある。
 そして、最も簡明には、自治体議会の学術研究という意味で、『議会学講義』という案もあった。拙著に『行政学講義』(ちくま新書、2018年)というものがあるからである。とはいえ、このままでは、国のことなのか、自治体のことなのか分からない。さらにいえば、あまりに学術的なイメージが強すぎるかもしれない。

おわりに

 本書は単なる学術的な分析の書物ではない。むしろ、学界のスタンダードからすれば、実用面に傾いているようにも思われるだろう。また、自治体議会の実態を暴露して、ただ知識を増やして教養を高める、というわけではない。むしろ、自治体議会の実態、自治体議会改革運動の実態、国による地方議会のあり方に関する検討の実態、という三つの実態を踏まえて分析の俎上(そじょう)に載せた上で、これらの実践の前提となる実態分析の足りないところを補いつつ、やはり一定の処方箋を提示しようとするものでもある。つまり、住民や議員を念頭に、自治体議会とどのように「向き合うか」という、実践的関心は消えていないのである。それがゆえに、「取扱説明書」ということに落ち着いたのであり、「討議広場議会」という理法・教説の展開をすることになったのである。

(1)杉田玄白『新装版 解体新書』(講談社学術文庫、1998年(原書1774年))、杉田玄白『蘭学事始』(岩波文庫、1982年(原書1815年))。
(2)江藤俊昭『自治体議会学─議会改革の実践手法』(ぎょうせい、2012年)。

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