条例審査の具体的なアプローチ方法
条例議案に対して、前述の四つないしは六つの基準を踏まえつつ、以下のようなアプローチ方法があります。
(1)他の自治体の条例を参考にする
他の自治体における同様の条例の制定状況等を調べ、所属自治体の条例案と比較することは、極めて有益であると考えます(ベンチマーキング手法)。
他の自治体では、そもそも同様の条例を制定しているのか、制定しているとすれば規定されている内容にどのような相違があるのかについて、詳細に調査・検討・分析を加えることによって、所属自治体が制定しようとしている条例の特徴を理解することができます。
具体的には、所属自治体の条例案では規定されている点が、他の自治体の条例では規定されていない。逆に、他の自治体では規定されているのに、所属自治体では規定されていない。こうした論点を丁寧に逐条で取り上げて議論し、検討していくことによって審査の内容が濃いものになると考えます。
その際には議会事務局の政務調査担当部署を活用し、他の自治体の条例についての資料や逐条解説を取り寄せて参考としたり、より詳しく検討したい場合には当該自治体への視察を依頼し、担当部署からのヒアリングを実施することなども考えられます。
(2)審議会等での議論を参考にする
自治体独自の政策課題を解決する条例の制定・改正に当たっては、有識者等で構成される審議会や検討委員会等が開催され、そこでの議論を踏まえて条例案の策定につながることも多いのではないでしょうか。
そうした審議会や検討委員会等での議論の経過をたどり、抜け落ちている論点はないか、議論されたにもかかわらず条例案で取り上げられていない項目はないかなどを確認することも重要です。また、審議会や検討委員会等で各委員に配付された資料等も参考になります。
しかし、大変残念なことに、審議会等での議論が詳細な会議録として残されていないこともあるようです。各委員の自由な議論の妨げになるとのことで、どの委員が、どのような発言をしたのか全く分からず、さらにその概要しか記載されていない会議録しかないということも多いようです。
それどころか、条例案で措置した項目だけを取り上げて会議録の概要としているところもあるのではないでしょうか。しっかりとした条例審査のためには、議会として、こうしたところからも行政の対応を変えるよう求めていかなくてはなりません。
このため、審議会等での会議録が詳細に残されていない自治体では、条例議案として上程される前から当該審議会等を傍聴し、議論の経過や主要な論点について知っておく必要があります。
(3)政策のパッケージとして捉えて検討する
議案としては、条例案だけの審査となりますが、ある政策を実現するためには、条例、規則、要綱、要領及び基準等が一つのパッケージとなっている例も多いでしょう。
条例では骨格部分を規定し、具体の部分は規則等に委任している例も多いと思われます。こうした場合、条例だけを審査するのではなく、規則等についても検討を加え、パッケージ全体として政策を実現することができるのかを審査する必要があります。なお、規則等の審査の考え方は、条例の審査の方法とほぼ同様です。
また、審査する条例と直接関係する規則等のほかに、政策を実現するために関連する規則等を改正する場合もあります。こうした場合も同様の審査をする必要があります。
(4)行政内部での立法過程を再検討する
(2)で取り上げた審議会や委員会等での検討を経ず、条例案が行政内部での検討のみで議会に提案されることもあります。
こうした場合であっても、行政内部において、①立法事実の収集と立法課題・目的の設定、②対応方針の決定、③条例骨子案の策定、④条例素案の策定、といった過程を経ているものと考えられます。これらの過程に係る資料提供を行政に求め、条例審査の参考とすることも有益であると考えます。
しかし、自治体によっては、意思決定過程に係る資料は公開しないとしているところもあり、この場合には、こうした条例審査の方法を採用することはできないことになりますが、その代替として担当部署に対する詳細なヒアリングを実施するなどして条例審査の参考にすることができるでしょう。
(5)国の考え方を参考にする
条例の制定・改正が国における法令の制定・改正に伴うものである場合、各省庁での検討経過や、各省庁に設置された審議会等での議論を検討し、所属自治体での状況を踏まえて審査することも必要です。所属自治体において、より積極的に対応すべきと考える場合は、法令に対する条例での上乗せ・横出しの可能性を検討する必要もあるでしょう。
また、条例の制定・改正が国における法令の制定・改正に伴うものである場合、各省庁から自治体に対して当該法令に係る解説等を記した各種の通知、逐条解説、ガイドライン等が発出されることもあり、こうした文書を行政から入手し、検討することも必要と考えます(行政はそうした文書を議会側に提出することに難色を示すことが多いですが、本来であれば積極的にとはいわないまでも、議会側から求めがあった場合には行政は応じるべきです)。
同様に、各省庁から技術的助言として、条例例あるいはモデル条例が通知されることもあります。こうした場合に、所属自治体から条例の提案があった際には、条例例・モデル条例と比較して、どこを書き足し、どこを削ったのかを確認し、それが政策目的実現のために資しているのかを検討することも重要です。
また、各省庁から、当該行政分野を専門的に扱っている雑誌・専門書等に当該法令制定・改正等について各種の解説等が寄稿されることも多いことから、これらを入手し情報を収集することも有益であると考えます。この際にも議会事務局の活用が期待されます。
(6)住民等の声を聴く
条例の制定・改正に当たって、パブリックコメントの実施を義務付けている自治体も多いようですが、多くの場合、寄せられるコメントの数はそう多くないように思われます。周知方法等に課題があり、住民、住民団体、NPO、専門家等の声を広く集めることができていないといえます。
住民の負託を受けた議員として、条例の対象となる当事者、現地、現場に足を運び、直接その声を聴いたり、専門家からヒアリングを行うなど、行政とは異なった視点から検討することも重要であると考えます。
おわりに
ここまで条例議案が提案されてからの審査について言及してきました。しかし、既に施行され運用されている「ストック」としての条例と、議案として提案される「フロー」としての条例の数を比較した場合、圧倒的に「ストック」としての条例の方が多いと考えられます。
議会にとって、条例議案を審査し議決することは重要な仕事の一つですが、既に施行されている条例について不断の検討を加えることも必要です。その際の検討方法は前述の方法とほぼ同様です。
特に、自治体独自の政策課題解決のための条例については、制定してから3年目、5年目など節目の年に前述のような検討を加え、政策目的をより実現するための見直しを議会側から訴えることも必要なのではないでしょうか。
また、政策過程の最初の段階、課題(アジェンダ)設定に至っていない地域課題の掘り起こしも重要な議員の仕事の一つです。地域独自の課題について、立法措置を講じることによって解決することができると思われる場合、議会が立法事実を収集し、「政策の窓」を開けることもできると考えます。
いずれにしろ、議会が行政の視点とは違った緊張感ある条例審査をすることによって、言い換えれば、二元代表制の行政と議会が条例審査を通じてより良い「競争」をすることで、より一層の地域福祉の向上に資することができると考えます。