2019.02.12 政策研究
自治体と航空会社との信頼が支える「のと里山空港」の搭乗率保証制度
元日本経済新聞論説委員 井上繁
搭乗率保証制度は、新空港や新路線の開設の際に航空会社と自治体で年間の目標搭乗率を設定し、搭乗実績が目標を下回った場合は一般的に自治体が限度額内で保証し、上回った場合は航空会社が販売促進協力金として収入の一部を自治体に還元する仕組みである。
この制度は、石川県・能登半島北部の輪島市、穴水町、能登町にまたがって2003年7月7日に開港された「のと里山空港」で、全国で初めて導入され、現在16年目に入っている。同空港の定期便は、全日空(開業当初は連結子会社だったエアーニッポン)の東京・羽田便1日2往復だけである。開港前に、航空会社側は需要が不確実で採算がとれないとして1日2往復に難色を示した。このため、石川県はリスクと利益を共有するこの仕組みを提案し、航空会社側の賛同を得て実現した。
その後の運用は試行錯誤の連続だった。難しかったのは目標搭乗率の設定である。1年目は70%としたが、搭乗率は79.5%に達し、約9,700万円の販売促進協力金が支払われた。目標搭乗率を63%に下げた2年目の搭乗率は64.6%で、やはり県側が販売促進協力金を受け取った。3年目は目標搭乗率を64%とし、その上下1%以内の差の場合は互いに支払いなしと決めた。3年目の実績は66.5%だったため、航空会社は3年連続で協力金を支払うことになった。4年目以降は目標搭乗率を62%に下げ、その上下4%以内の差の場合は互いに支払いはなしとした。これ以降の搭乗率は4年連続で目標を上回ったが、その幅は4%以内だったため、金銭のやりとりはなかった。ただ、東日本大震災の発生した8年目は搭乗率が55.8%と著しく低下した。本来なら自治体側が目標との差を保証するはずだが、この年については、全日空の判断で制度の適用は除外になった。
2018年7月6日までの15年目の利用席数は16万2,900余席と過去最高、搭乗率は69.2%と開港初年度に次ぐ水準になり、県は協力金2,276万円を受け取った。これで、県が4回受け取ったことになる販売促進協力金の累計は約1億5,600万円になった。協力金は空港の利用を促進する事業に使われており、それがさらに乗客増につながるなど好循環をもたらしている。
県と関係市町は、搭乗率を上げるために連携して多様な誘客作戦に取り組んでいる。宝達志水(ほうだつしみず)町以北の能登地域の9市町で組織する「のと里山空港利用促進同盟会」は、9市町の在住者を対象に、1人当たり往復3,000円のファミリー能登羽田便利用旅行助成金など3種の助成金を用意している。これとは別に、9市町は往復2,000〜6,000円程度の運賃助成制度をそれぞれ設けており、住民は同盟会の助成金と重複して利用できる。
15年目のデータによると、羽田便利用者のうち地元在住者の割合は16.4%と1年目の半分以下に落ち込んでいる。逆に首都圏などの在住者は83.6%で、その比率は年々高くなっている。能登地域の市町が15年目以降、特に力を入れているのが観光客の落ち込む冬の対策である。能登地域には、2015年度までの連続5年間天然フグの漁獲量日本一を記録した輪島市はじめ、寒ブリの能登町、カキの七尾市や穴水町など新鮮な海産物を売りにしている地域が多い。輪島市長を会長とする「のと里山空港利用促進輪島市協議会」が、2017年11月〜2018年2月と、2018年から2019年にかけての同時期に能登―羽田便を往復利用し、市内の対象宿泊施設に宿泊する人に3,240円分の「輪島ふぐクーポン券」をプレゼントしていることも搭乗率上昇に貢献した。
搭乗率保証制度については、2009年に開港した静岡空港と福岡空港を結ぶ日本航空便について静岡県と日本航空との間で取り入れていたことがある。搭乗率が70%未満の場合、目標を下回った分の座席に対して1席当たり1万5,800円の運航支援金を支払う約束だった。販売促進協力金などの取決めはなかった。だが、搭乗率が60%台のまま約10か月で運休となった。日本航空は静岡県にこの間の運航支援金の支払いを求めたが、県は撤退は信義に反するとして応じなかったため、東京地裁に提訴した。その後、静岡県が約1億5,000万円を支払うということで和解が成立している。
「のと里山空港」の場合、東日本大震災のときに、全日空が保証金を受け取らなかったのは、同社が搭乗率の向上に向けた県や市町の様々な取組みを日頃から知っており、県と全日空が目標搭乗率設定の協議などを通じて信頼の絆を強めてきたために違いない。