2018.08.27 政策研究
第8回 住民の概念を広げ、自治力を強化する“ふるさと住民票”の取組み~香川県三木町~
ふるさと住民票を地域活性化につなげる
三木町のふるさと住民票プロジェクトチームは、2年目の今年、新たな企画を進めている。東京でのふるさと住民会議の開催である。三木町からプロジェクトチームのメンバーらが上京し、東京など首都圏在住のふるさと住民らと交流会を開きたいというのである。今年12月頃の開催を想定しており、20人から30人程度の参加を期待しているという。三木町をより深く知ってもらい、つながりをより深め、さらにはまちづくりへの参加にもつなげられたら、という思いである。ふるさと住民と双方向の関係性をつくり上げ、まちづくりのために知恵や力を貸してもらえないかという考えだ。
居住する自治体に住民登録して住民となり、その自治体に地方税を納め、その自治体から行政サービスを受けるというのが、住民と自治体の関係の大原則となっている。しかし、現実はもはやそれほど単純ではなくなっており、受益と負担の関係も以前ほど明確ではなくなっている。そうなった要因は様々で、ライフスタイルの変化であったり、はたまた現実に追いつかない法制度の硬直化もあろう。今や、1人の人間は1つの自治体の住民であるという考え方に固執する必要もないのではないか。つまり、従来の住民の概念と現実の間にズレが生じ、広がっているのである。我がまちは何も1つでなくてもよいし、まちづくりは何も住民票を提出した完全な住民だけが担うべきものでもないのではないか。そのまちのまちづくりに本気になって関係したいと思う人ならば、住民以外でも担い手となりうるからだ。そして、そうした関係人口の多さが地域の活性化につながる時代になっているのである。「ふるさと住民票」の取組みは、人口減少が急速に進む時代を切り開く、先駆的なものではないだろうか。
【インタビュー1】
筒井敏行・三木町長に聞く
「ふるさと住民票」をいち早く導入した三木町は、子育てしやすいまちとしても広く知られており、それをけん引してきたのが筒井敏行町長だ。住民の声を反映させるまちづくりを徹底したその手腕を評価する声が多い。今秋、2期8年で勇退する筒井町長に話を伺った。
──三木町は昨年3月から「ふるさと住民票」の発行を開始しました。どのようなねらいでこの取組みを始めたのでしょうか。
私たちの町も人口減少に見舞われていまして、これを止めるべくいろいろな施策を打っています。しかし、人口減少を食い止めるのは容易ではなく、「交流人口」も大事ではないかと思うようになりました。三木町は高松市のベッドタウンですが、町内に香川大学の医学部と農学部、それに医学部附属病院がありまして、大勢の人たちが町外から通勤・通学しています。その数は2,000人ほどで、町の人口の1割ほどに当たります。こうした人たちを放っておく手はないと考えたのです。そうはいっても、(通勤・通学している人たちが)町に転入とはなかなかなりませんので、第2の住民になってもらって三木町のサポーターにと思ったのです。外からの視点で町のことを考えてもらうのは、とても大事ですから。
当町は地域総合戦略をつくる際に構想日本からアドバイスをいただきまして、それ以来、連携を続けていました。構想日本の指導を受けながら「ふるさと住民」を募集することにしたのです。町の地理的条件や昼間人口の特性などから有効な施策であると思ったからです。
──ふるさと住民は466人(7月24日時点)に上り、その約6割が香川県外の方だと聞きます。手ごたえを感じていますか。
1,000人のふるさと住民を目指しています。それも今年度中の達成が目標です。実は、昨年度、町へのふるさと納税の寄附額が激増し、県下でダントツの1位になりました(2015年度に約810万円(返礼品7品目)だったのが、2016年度は約7億1,000万円(同約600品目)、さらに2017年度は約11億7,000万円(同約800品目)と激増)。若手職員らによるふるさと納税プロジェクトチームが独自のサイトを開設したり、都内で宣伝活動するなどいろいろな工夫と努力を重ねていました。それが成果となって現れてきたと思います。ふるさと納税の寄附者は昨年度だけで7万5,000人にも上りました。この方々を放っておく手はないと思いまして、ふるさと住民の資料も併せて郵送いたしました。ふるさと住民票の構想当初は、ふるさと納税とのリンクをそれほど意識していませんでしたが、今は相乗効果をねらっています。
──ふるさと住民が町に移住する可能性もあるのでしょうか。
そうなれば大変ありがたいことですが、こちらから働きかけなどはいたしません。そういうことをやると息苦しくなってしまいますから、転入促進策は(ふるさと住民とは)別に講じています。
──なるほど。ふるさと住民への特典として会報紙の年2回送付や東京でのふるさと住民会議の開催などがあります。いずれも若手職員らによるプロジェクトチームが中心になって企画していると聞きます。三木町の場合、プロジェクトチームの役割がとても大きいように見えますが、これはどういう組織ですか。
プロジェクトチームは現在、庁内に6つあります。テーマとキャップを町長の私が指定し、チームメンバーはそれぞれのキャップが所属部署に関係なく自由に選びます。私は役職に関係なく、日頃の仕事ぶりを見てキャップを選びますので、どのプロジェクトチームも若手職員ばかりで、しかも(庁内)横断的なものとなります。各メンバーは自分たちの本来の業務をこなしながら、プロジェクトチームに関わるのです。自主性に乏しいのが、公務員です。仕事を無難にこなし、そこから1歩も出ないというタイプが少なくなく、それでは成果は上がりません。意欲を持って仕事をするか否かで、雲泥の差がつきます。決められた仕事をするだけの職員で終わってしまっては、あまりにもったいない。そんなことを考えてプロジェクトチーム方式を発案し、導入しました。若い職員にもっと仕事を任せることが大事だと思います。
──確かに、ふるさと住民プロジェクトチームの村尾キャップは土木建設課の係長です。 それぞれのプロジェクトチームの職員がいろいろな工夫をしてくれています。ふるさと納税では職員自らが東京や高松空港などで宣伝に動き回り、納税額の急増につなげました。公務員はカネを使うことは得意ですが、自ら稼ぐことはありませんでした。ですから、彼らにとってふるさと納税は貴重な体験になっていると思います。
地方自治体は財源や権限が乏しくて、何もできないとよくいわれますが、それは違います。その気になればいろいろなことができます。特に権限を持っている首長のやる気、考え方によるところが大きいと私は思います。実際にはやれることがたくさんあるにもかかわらず、やらないケースが多いのではないでしょうか。それは新たな取組みをしようとすれば、それだけ仕事が増えることになるし、いろいろな批判を浴びることにもなりかねないからです。何もしない方が自分の人気も保てて、長続きできると考えてしまいがちなのです。
──筒井町長はすでに2期8年での引退を表明しました。町長の任期は10月までとなります。
私は今、76歳です。ここが潮時かと思いまして、2期で引退することにしました。(地域に)いろいろな種をまいたと思っています。
8年前、三木町民が強い閉塞感を抱いているのを感じて、町長選への出馬を決意しました。役場の風通しが悪く、職員の士気が落ちていました。役場や職員は住民に信頼されておらず、課題が山積していました。それで私は「分かりやすい行政」と「身近に感じてもらえる行政」、それに「住民の声が反映できる行政」の3つを公約に掲げました。
──新人による三つどもえの三木町長選(2010年10月10日)で筒井さんが当選しました。次点候補(元県出納長)との差は236票でした。筒井さんは5期務めた県議から町長への転身です。最初にどのような手を打ったのでしょうか。
私は住民の声をしっかり反映する行政にすることが最も大事だと考えまして、「百眼百考会議」を立ち上げました。通称、百会議です。これは無作為抽出などで選んだ住民50人に委員になってもらい、町の施策を提案してもらう会議です。テーマごとに半年間、協議していただき、提案書を作成してもらいます。そこで提案された事業を翌年度予算に反映させ、実施する仕組みとなっています。一般会計の1%分を活用枠として設定していまして、年間約1億円です。単なるガス抜きとして住民の声を聞くのではなく、キチンと予算に反映させるための取組みです。この「百眼百考会議」は2011年から毎年、開いています。
(ここで「百眼百考会議」について詳述したい。委員は50人以内で、満16歳以上の町内居住者か町内への通勤・通学者、その他町長が必要と認める人が対象となる。当初、委員は公募か各種団体(香川大学医学部や農学部など)からの推薦で選ばれていたが、2014年から無作為抽出と推薦に変わった。ちなみに2018年の委員は無作為抽出33人、香川大学推薦5人、それに三木高校推薦11人の計49人だ。委員への報酬はなく、交通費もなし。再任は認められず、メンバーになるのは1人1回のみとなっている。会議のテーマは町指定テーマと自由テーマの2種類あり、各委員は4つの分科会に分かれて半年(7~8回)にわたって協議する。これまでに委員を務めた住民は350人に上る。「百眼百考会議」で提案され、実際に実施された事業は、子育てや福祉関係、移住定住促進、地域づくりなど。2015年には町の地域総合戦略の策定が「百眼百考会議」のテーマとなった。4つの分科会には職員が3人ずつ、事務局スタッフとして配属される。担当課以外の若手職員もそのメンバーとなり、分科会の協議に加わる。職員教育の意味合いもあるという。)
──「百眼百考会議」といった町のこれまでの取組みの延長線上に「ふるさと住民票」があったのですね。ところで、三木町は子育て支援策の充実でも注目されています。
当初から子育て支援のまちをイメージしていました。子どもを産み育てやすいまちを目指していまして、子育て支援策は県下一です。子どもの数は周辺自治体を上回っています。今は三木町に追い付け追い越せと、周辺自治体も子育て支援に力を入れるようになりまして、底上げにつながったかと思います。ですが、支援策はそろそろ上限にまで来たかなとも思います。これからは子育て対策にもっと取り組むべきかと思います。
──退任後はどんなことをしようと考えていますか。
三木町議会には若い議員が1人もいません。女性議員もゼロです。前回の町議選は17人しか立候補せず、落選したのは1人だけです。投票率もとても低くて、57.86%でした。議員になりたいと思っていても、当選できないだろうと考えて、出馬に尻込みしてしまうのです。地元推薦なしではなかなか当選できない、逆にいいますと、いくつかの集落から推薦をもらえさえすれば、当選するのです。そうした地元推薦などなくても、意欲と力のある若い人たちが議員になるにはどうしたらよいか考えています。