2018.08.10 政策研究
地域特産食材の消費拡大を目指す条例、花盛り
元日本経済新聞論説委員 井上繁
太平洋に面した茨城県ひたちなか市では2016年に議員提案で「魚食の普及推進に関する条例」が制定され、施行された。毎年8月8日を8本足にちなんで「タコの日」、10月10日を語呂合わせで「とと(魚)の日」、毎月10日を魚食普及推進日と定めている。ひたちなか商工会議所発行の『「タコ日本一宣言」~魚のおいしいまちづくりへの挑戦~』によると、市内には輸入タコを加工する会社が10社あり、年間200億円の売上げを誇る日本一のタコ加工拠点を形成している。
兵庫県香美(かみ)町の「魚食の普及の促進に関する条例」では、毎月20日を「魚(とと)の日」、10月を魚食普及月間と定めている。関係者は名産のマツバガニを“売り”に観光客の誘致に力を入れる。三重県有数の水揚高を誇る漁港を持つ南伊勢町には「魚(さかな)消費拡大応援条例」があり、毎月第1金曜日を「魚々(ぎょぎょ)の日」、11月を魚消費拡大応援月間と定めている。ネーミングや日にちなどで、それぞれ独自の道を歩んでいるのが条例らしい。
若者を中心にコメ離れは著しく、1人当たりの消費量は約50年で激減している。こうした中で、福井県坂井市の「米の消費拡大等の推進に関する条例」、茨城県茨城町の「朝ごはんを食べて元気になろう条例」、青森県鶴田町や福島県湯川村の「朝ごはん条例」などコメの消費拡大を目指す条例も増えている。
国が各県にコメの生産量を指示する生産調整(減反)が廃止されたこともあって、産地間競争は一段と激しくなっている。コシヒカリの産地である新潟県南魚沼市には「コシヒカリの普及促進に関する条例」がある。千葉県木更津市の「木更津産米を食べよう条例」、岡山県総社市の「そうじゃ産米食べ条例」などは、まずは地元での地域産米の消費を推奨する条例である。
果物についての条例も多彩である。青森県板柳町の「りんごの生産における安全性の確保と生産者情報の管理によるりんごの普及促進を図る条例」は通称、リンゴまるかじり条例で、安全をアピールする条例である。同県弘前市の「りんごを食べる日を定める条例」では、リンゴを食べる日を毎月5日としている。
ナシでは、みずみずしく甘い「幸水」の生産量が現在全国で最も多く、独特の歯ごたえで人気のあった「二十世紀」は押され気味だ。その主産地のひとつである鳥取県湯梨浜(ゆりはま)町には、「二十世紀梨を大切にする条例」がある。旧東郷町が21世紀初頭の2001年に制定した同名の条例を2004年に新設合併した湯梨浜町が発足時に引き継いだ。同町は合併後の町名に梨という字を入れるなどナシへのこだわりは強い。二十世紀梨の花は鳥取県の県花でもある。南高梅の生産地である和歌山県みなべ町は2014年に「紀州南高梅使用のおにぎり及び梅干しの普及に関する条例」を施行している。おにぎりの具が多様化している中で、ウメ干しを具にした伝統的なおにぎりの消費拡大を地元で率先して図ろうという寸法である。
2017年度の食料・農業・農村白書によると、果実、野菜、魚介類、コメ・麦など食用穀物の世界の消費量(2003年を100とした2013年の指数)は大幅に増加している。しかし、日本における食料の需要や市場規模は、人口の減少や高齢化率の上昇、消費者のし好の変化などを反映して全体として低下している。主要品目の国内需要を、2006年度を100とする指数で見ると、2016年度の消費量(概算値)で最も減少したのは魚介類で、指数は78となり10年間で22ポイント低下した。このほか、果実は85、野菜は93、コメ・麦など食用穀物は94といった具合に軒並み落ち込んでいる。
本稿で取り上げた消費拡大を目指す条例の性格は、乾杯に地域特産の清酒や焼酎などを用いることを奨励する条例に似ており、一種の啓発条例である。もちろん住民に対して強制力はなく、努力義務にすぎない。産地ぐるみで起死回生をもくろむ条例制定時の強い意気込みを持続させるには、行政任せではなく、折に触れ議会や議会報告会などで話題にすることが肝要である。