2018.06.11 議会運営
第38回 傍聴人に住所・氏名を求めることは必要か
回答へのアプローチ
そもそも傍聴規則の根拠は地方自治法の「紀律」の章に規定されています。ルールの本質としては、議会内の秩序維持にあります。本当に秩序維持のために必要であるなら、住所や氏名などの記載を求めることもあり得ます。秩序維持との関係で住所や氏名の記載を求めることの理由は2つ考えられます。ひとつは、住所や氏名を記載することで傍聴人の自制が期待できるという点です。そして、もうひとつが、傍聴人の退出を確認することができるメリットです。例えば、傍聴券と副券の両方に住所と氏名を書かせておけば、傍聴券を回収する際に副券と照合して、すべての傍聴人の退出を確認することができます。また、ある傍聴人が問題行動を起こした際にも、残りの傍聴券と副券を照合することで、その傍聴人の氏名などを割り出すことができます。簡単にいえば、議長と事務局にとっての「安心」というわけです。ただ、住所や氏名を記載したからといって、傍聴人が問題行動を行わないという保証はありませんし、それを理由に個人情報を取得するべきかどうかについても議論があることでしょう。
「ずっと前から、やっていますので……」。時にはそんな言い訳に出合うことがあります。確かに、個人情報保護条例が制定される前から、傍聴に当たって住所や氏名などを求めていたことでしょう。しかし、子どもの言い訳ではないのですから、「ずっと前から……」というのは理由になりません。続ける以上、しっかりとした目的を議論しておく必要があります。回答案の中ではBをとりたいと思います。
実務の輝き・提言
まず、住所、氏名、年齢といえども、個人情報であるということを理解しましょう。傍聴に当たって、住所や氏名などの記載が必要というなら、議会でその目的を共有して、個人情報保護条例上の手続をしましょう。大概の個人情報保護条例では、実施機関が個人情報を収集するときには、その目的を明らかにするとともに、必要事項を首長に届け出ることになっています。また、届出があった事務については、目録や登録簿を作成し、一定の事項を閲覧できるようにしているところも多いことでしょう。網羅的な調査をしたわけではないので、こうした手続の実施率までは分かりませんが、比較的規模が大きな議会などでは、この規定どおりに届出を行っています。まずは、事実上、住所や氏名などの情報を収集することをやめ、個人情報保護条例上の事務として位置付けをしましょう。
この部分が理解できないと、「議会事務局が傍聴人の氏名などを議員が求めるまま閲覧させていた」といったニュースに接しても「議会が集めた情報を議員が共有して何が悪い」的な反応を議員がし、事務局もそれに反論できないということになります。個人情報収集の目的を定めてこそ「目的外の使用」ということも意識されます。
例えば、「傍聴に行ったら◯◯議員から礼状が来た」とか、「傍聴に行ったら◯◯議員から署名のお願いをされた」ということがあったとします。もし、住所や氏名の閲覧が原因なら、議会として一定の目的のために集めた情報を、議員が目的外に使用したということになります。
例えていうなら、婚活パーティを主宰した会社の男性社員が、自分の好きなタイプの女性参加者を見つけて、参加者名簿を頼りに勝手にアプローチするようなものです。
まずは、傍聴人の住所や氏名などを記載させることが何のために必要か、その目的を明らかにしなければなりません。住民や自治体内で受け入れられるかどうかは分かりませんが、少なくとも何の理由も意識せず個人情報を集めるよりはいいでしょう。
議会秩序のためというのであれば、過去に傍聴人が議事を妨害した事例などを挙げ、住所や氏名などが不明の場合には議会としてその処置に困ったことを明らかにする必要があります。予防的な側面を重視すれば、偽名などを記載する可能性もありますから、免許証などで確認行為までする必要があるということになるかもしれません(決して、勧めているわけではありません)。
「傍聴人の属性調査のために必要だ」という議員の声も聞いたことがあります。確かに、一理あるかもしれません。「市民参加を進めるために、傍聴の実態を知る必要がある」と言われては、にわかに反論はできません。ただ、その目的のために住所や氏名まで記載させる必要があるかは、やはり検討しなくてはなりません。収集する情報は目的のための最小限でなければなりません。傍聴に当たって、住民であるかどうか、性別、10年刻みの年齢などを任意に記載してもらうことで十分対応できるのではないでしょうか。
もし、傍聴人の出入りの確認や傍聴席の数のカウントのために必要というなら、通し番号を付けた傍聴券さえ渡せば事足りるでしょう。その番号付きの傍聴券に「傍聴に当たってのお願い」を記載しておけば「自制」につながるかもしれません。だいたい、住所や氏名を記載した傍聴券は、その後の管理も大変になります。「そのままごみ箱にポイ」というわけにもいきません。事務局の負担も大変なものでしょう。
こうしたことを踏まえると、そこまでして住所や氏名などの記載を求めなくても……という思いが強くなります。
考えてみると、議会基本条例では「傍聴しやすい環境の整備」などをうたっています。住民にとって住所や氏名などの記載を求めることが、議会と住民との距離を遠ざけるものとなるのなら……、すぐにでも議論を始めてみてはいかがでしょうか。