元日本経済新聞論説委員　井上繁

　北海道旭川市の北方に位置する幌加内（ほろかない）町には日本一が３つある。「そばの作付面積日本一」、「1978年２月17日に母子里（もしり）地区でマイナス41.2度を記録。気象庁の対象から外れているため、公式記録ではないが実質的に日本一の最低気温」、「ダム湖の朱鞠内（しゅまりない）湖の湛水面積（常時満水位にあるダム湖の面積）は、東京ディズニーランド・東京ディズニーシー23個分の2,373ヘクタールで、人造湖としては日本一の広さ」である。
　そばの作付面積日本一は、1980年以降続いている。2015年産の作付面積は3,500ヘクタールで、全国の6.0％を占め、２位の北海道深川市（4.1％）を大きく離している。これは、全国一の作付面積を誇る北海道の作付面積の16.8％にあたる。夏の最盛期に町中のそば畑が白い花と独特の香りに包まれ、白とグリーンのじゅうたんに変わる同町には、「そば日本一の館」、「そば日本一の牙城」という２つの穀類乾燥調整施設や、雪を活用した利雪型低温倉庫「雪乃御殿」、加工施設の「そばの実工房」などもある。
　この町の北海道幌加内高校は町立の昼間定時制農業高校である。同校には、全国で唯一という必修科目「そば」があり、校内にそば畑や、そば打ち実習室の「そば道場」、調理室などがある。１年から３年まで週２時間、栽培から収穫、加工、調理、販売、そば店経営までを学習し、そば打ちの腕を磨くとともに、６次産業化を先取りした教育に力を入れている。ネットでの販売に役立てようと、インターネット大手・ヤフーのスタッフからサイト運営方法を学ぶ授業も折り込んでいる。
　2002年度から開設している必修科目「そば」は、学校が独自に設定した科目のため、教科書はなかった。このため、高校は関係の先生を中心に、町内の“そば名人”たちにも協力してもらい蕎麦（そば）テキスト編集委員会を組織し、農業学習書「蕎麦」を編集した。「蕎麦」は65頁で、第１章幌加内とそば、第２章そばの栽培から調理まで、第３章そばの調理、第４章そば店舗、第５章食品衛生の５章と、研究レポートで構成している。
　2017年９月現在の生徒数は３学年合わせて60人、うち自宅からの通学組は３人だけで、57人は徒歩５分程度の場所にある寄宿舎「渓雪寮」に入り、寝食をともにしている。寄宿舎は２階建て、延べ1,760平方メートル、居室は２人部屋で、カーテンで仕切っている。全室にフリーWi-Fiが完備されている。町は北海道幌加内高等学校寄宿舎設置条例を制定している。条例は、６条と附則からなり、目的（第１条）、入寮の資格（第３条）、管理者（第４条）などを定めている。
　一般社団法人全麺協主催の素人そば打ち段位認定で初段を取得することが卒業要件のひとつになっており、多くの生徒が１年生で取得している。それぞれの段位を取得して１年たたないと上位の段を受験できないが、在学中に取得可能な３段にも例年数人が合格している。毎年夏に東京で行われる一般社団法人日本麺類業団体連合会主催の全国高校生そば打ち選手権大会（通称・そば打ち甲子園）の団体の部や個人の部で何度も優勝を果たしている。
　部活動には、“手打ち”を通して人間形成をめざす「そば局」もある。部活動やそば打ちの実習では、地元のそば名人も指導にあたる。筆者が取材した日は、町をあげての新そば祭りを前に、特訓中だった。バンダナを頭に巻いた生徒たちは、めん打ち台に下打ち粉を振りまき、生地を乗せて押しつぶして平らにし、のし棒で伸ばす工程に奮闘していた。その後、そばの長さをつくる「幅出し」、「のし」、生地を切るためにたたむ「たたみ」、「切り」などと続く。
　「入学した生徒の中には、中学時代に不登校だったり、高校に進学して不真面目な態度をとる生徒もいた。こうした生徒も、そば打ちという特技を身につけ大会で賞をとったりすると自信がつき、積極的に行動するようになった」と保格秀規教頭はその効果に目を見張っている。卒業生の中には、ドイツで日本人が経営するそば店に就職した女性が２人いる。

下打ち粉を振りまき、生地を押しつぶして平らにする工程に奮闘（北海道幌加内高校「そば道場」で）