2018.01.25 政策研究
第1回 ネット活用の町民全員会議で町を活性化
若者の町離れに危機感
星さんと君嶋さんはさらなる追打ちをかけられる。その直後に国立社会保障・人口問題研究所が2040年の人口推計を発表した。それによると塩谷町の2040年の人口は7,553人。減少率は4割にも達し、隣接自治体の中でも際立っていた。消滅自治体のおそれが指摘されたのである。町の高齢化率は2013年11月に30%を超えていた。
危機感を強めた彼らは町の広報誌(2014年6月号)で若年層の減少課題を特集し、地域を衰退させる要因と警鐘を乱打したが、「こんなことを書くと逆に人がいなくなってしまう」と反発する声さえ寄せられた。2人は、住民1人ひとりに、とりわけ若い人たちに地域の将来を考えてもらいたいとの思いを募らせた。自治の担い手を何としても再生せねばならないと強い危機感を抱いたのだった。
だが、どうやったら若い人たちに地域の未来や行政に関心を持ってもらい、意見を出してもらえるようになるのか。そんな難問に呻吟(しんぎん)しているときに出会ったのが、岩田崇さんだった。慶應義塾大学SFC研究所上席所員の岩田さんは、インターネットを活用して住民と行政をつなぐ自治体PRM(Policy Relationship Management)の開発者で、株式会社ハンマーバードの代表を務める人物だ。当時、担当職員として岩田さんと協議を重ねた君嶋さんは「井戸端会議をやっても若い人は来ない。PTAの会合に出向いて話をしても時間が足りない。もっと手軽にいつでもどこでも若い人たちの意見を吸い上げるにはSNSが最適だと思いました」と、力説した。
こうして塩谷町は全国初の取組みを開始することになった。インターネット空間での「町民全員会議」の設立で、岩田さんがその特別指導員に就任した。それでは、「町民全員会議」の概要を見ていこう。
ネット活用で活路を見いだす
町民全員会議は「町の住民の考えを“見える化”して、未来に向けたまちづくりを積極的に行うための仕組み」である。住民がパソコンやスマートフォン、専用用紙を使って様々な設問に回答することから始まる。中学生以上の全ての住民が参加できることが特徴だ。全住民に事前に配布される参加案内に、1人ひとり個別のIDとパスワードが記載されていて、それをパソコンやスマートフォンに入力して回答を送信するか、専用用紙に記入して役場に提出することで、町民全員会議に参加となる。つまり、参加登録制である。
会議のテーマは毎回替わり、回答期間は1か月ほど。設問ごとに関連するもろもろの情報が添付され、参加者はそれらを参考にした上で選択肢の中から自分の考えに近いものを選ぶ。回答期間中ならば何度でも自分の答えを変更することができ、回答結果はリアルタイムでパソコンやスマートフォンで確認できる。世帯や性別ごとの回答動向をグラフで見ることもできる。
回答期間が終了したら、それぞれの参加者の回答内容を分析し、いくつかタイプ分けする。同じ設問を町議会議員(12人)にも行い、それらも分析し、こちらもタイプ分けする。こうした参加者全員の回答内容はネット空間でいつでも閲覧できるので、住民の意識や考えが見えやすくなる。
塩谷町はネット空間での「町民全員会議」を本格稼働させる前に、無作為抽出の住民を対象に先行実施するなど、周到な準備を重ねた。しかし、のんびりした土地柄もあってか住民や一般職員らの反応はいまひとつ。「本当に町独自でこんなことをやるのか」といった半信半疑の声や「うちの町は新しいことをやってもいつも途中でダメになる」と冷ややかに見る向きもあったという。実は、ちょうどその頃である。塩谷町は思いもつかない難題を突きつけられ、てんやわんやとなった。町民全員会議が住民の関心を集めにくい状況にあったのである。
2014年7月に環境省が塩谷町内の国有地を指定廃棄物最終処分場候補地に選定した。原発事故で出た放射性物質を含む指定廃棄物の最終処分場である。町と住民はこれに猛反発し、一体となって反対運動に乗り出した。地域の高齢者らが中心となって反対同盟を結成し、町も役場内に対策班を設置して企画調整課にいた星さんを班長に据えた。指定廃棄物最終処分場候補地の白紙撤回を求める塩谷町と住民は環境省に対して一歩も引かず、現在も膠着(こうちゃく)状態となっている。