2017.05.25 政策研究
第12回 住民自治の進展(下)――地域経営の新たな手法――
4 もう一歩先に:新しい住民自治論
直接民主制が否定されてはいないにせよ、消極的理解であったり、間接民主制を単に補完するものであるという理解に対して、むしろ間接民主制が直接民主制の代替物であるということ、住民自治にとって直接民主制は不可欠であることを強調する議論を紹介してきた。
そもそも選挙後の4年間には、選挙時には登場しない課題が重要となることもあるし、そもそも実際の選挙は争点を明確にした政策型選挙にはなっていない。こうした消極的理由だけではなく、住民の提言を聞く方が地域課題の発見に役立つという積極的な理由によって間接民主制には限界があり、直接民主制は政策過程においては重要なのである。
間接民主制を直接民主制の代替物とする理解は、一歩進んで直接民主制が根幹で代表機関は常に住民のコントロールの下に置かれることを強調する。これは、消極的に理解されてきた直接民主制を強調することでは意義あるものではある。しかし、制度設計に当たって住民と代表機関との関係が主題化され、代表機関の中での勢力均衡(執行機関と議事機関のチェック・アンド・バランス)や討議が軽視される構図となりやすい。
そこで、間接民主制論、あるいは補完論や例外論が蓄積してきた代表機関における討議や権力制限的要素を引き継ぎながら、直接民主制重視の議論とつなぐことが必要である。とりあえず、この住民自治論を新しい住民自治論、いわば新住民自治論と呼ぶことにしよう。本連載はこの立場である。直接民主制を重視しつつ、各レベルでの討議を重視して多数者の専制を排除する権力制限も重視する立場である。もちろん、この立場にも問題はある。両者の思考と実践の間には揺れが生じる可能性もあるからである。
新住民自治論にとって、直接民主制と議会との関係を問わねばならない。これは、議会改革を単に監視や政策立案の強化だけではなく、住民との接点を重視し直接民主制との関係を密接にした制度化が模索されなければならないことを意味している。むしろ相補関係を超えた融合関係ともいえる。本連載で強調するのは、協働型議会、あるいはフォーラムとしての議会である。今回は、それを区分するため、及び議会への住民参加を強調するために、開放型議会という用語を用いる。
① 議会への参加による融合(開放型議会Ⅰ)
議会として直接民主制の系である参加制度にかかわる方式である。議会として議員を議会と住民の参加制度のパイプ役として参加させたり、住民参加制度によって練り上げた素案を検討する集会を議会として開催したりするものである。
議会基本条例や住民との懇談会の開催などがこの方向である。栗山町議会基本条例では、国政を模写し住民と切断した従来の議会からの転換が確認された。それは、常に住民と歩む議会への改革である。一般に、情報公開、説明責任、委員会の原則公開は提起されてきた。栗山町議会基本条例では、そのほかに以下のような興味深い運営が可能となる(4条、11条2項)。
(a)委員会で参考人制度・公聴会制度を積極的に活用する。(b)「町政全般にわたって、議員及び町民が自由に情報及び意見を交換する一般会議」を設置する。(c)請願や陳情を住民の政策提案として積極的に位置付け、それを受け止めるために「提案者の意見を聴く機会」を設ける。(d)「町民、町民団体、NPO等との意見交換の場を多様に」設ける。(e)「町民の評価が的確になされるよう」、重要議案に対する議員の態度を議会広報で公表する。さらに、(f)実効性を高めるために、「全議員の出席のもとに町民に対する議会報告会を少なくとも年1回開催して、議会の説明責任を果たすとともに、これらの事項に関して町民の意見を聴取して議会運営の改善を図る」。
② 議会への直接民主制の導入(開放型議会Ⅱ)
議会自体を開放型にし、住民の参加の場とする方式である。例えば、アメリカの市議会の中には、議員の議論の途中で傍聴者が手を挙げて質問したり意見を述べる時間が設けられているものもある。市長や議員は聞きっぱなしというわけではなく、意見表明を行った者に質問したりもする。アメリカの市町村の場合、議場自体が開放型議会ともいってよいものである。高校の教室を想定するとよい。前に市長を中心に議員が座り(高くなっていることが多い)、生徒席に住民が座る。住民が議会の議論を監視する空間となっている。住民が直接に意見を述べたりできる議会は、間接民主制にのみ位置付けることはできない。
日本でも公聴会や参考人が認められている。開放型議会に近づけるには、議会主催の住民集会を頻繁に開催し、そこで住民と討議する方途を採用することも必要である。