2017.04.25 議会改革
『地方議会に関する研究会報告書』について(その22)
単記移譲式
また、連記制よりも、「グループ内で移譲できるような方式」も考えられるという意見が『報告書』では書かれている。一般には、単記移譲式と呼ばれている。オーストラリア・アイルランド・北アイルランド・スコットランドなど、英米を除くアングロサクソン系諸国で導入されることが多く、「イギリス式比例代表制」と呼ばれることもある。効果が比例代表制に近づくからであり、イギリスで「比例代表制」が論じられるときには、ヨーロッパ大陸や日本で考えられているいわゆる比例代表制ではなく、単記移譲式のことが普通である。
現行の日本の地方議会選挙は、候補者はグループ化・政党化されていることもあるが、個人の候補として立候補し、有権者も1票しか持っていないという単記制(正確にいうと、単記非移譲式)である。このため、当選ラインが200票であるとすると、A1=500票、A2=100票ではA党候補の当選が1人である。これをうまく票割できれば、A1=350票、A2=250票となり、A党から2人当選となる。つまり、選挙戦術で議席が変わってしまい、民意がゆがんで議席に代表されることがありうる。
そこで、単記非移譲式の場合には、個々の有権者が他の有権者の投票動向を予測して、うまく票割をしなければならない。このようなことは、個々の有権者の個人的判断では無理である。よほどの統制力のある組織政党でない限り、無理である。つまり、現行の単記非移譲式は、組織政党に有利なのである。その意味で、緩やかなグループ・政党にも公平な制度をつくるためには、単記移譲式にするということもあり得るわけである。
この場合には、1票しか持っていなくても、有権者は候補者に順番を付けて投票する。つまり、上記の例でいえば、A1に1番、A2に2番……という順位を付ける。すると、A1は1番の票が500票もあるから、当選ライン(「基数」という)を超えて当選である。すると、余った300票をA2に移譲する。すると、A2も100票(1番)と300票(2番)で400票となって当選ラインを超える。これでも余りがある。仮に3番、4番まで順位を付けて移譲できるのであれば、さらにA3に余った200票が移譲され、A3も当選することになる。
以上の説明から分かるように、単記移譲式は、実は候補者に順番を付けて投じているので、真の意味の「単記」ではなく、実は「連記」である。つまり、1票(単票)の中に候補者を連記している。その意味で、「単票移譲式」、「単票連記移譲式」とでも呼ぶべきかもしれない。もっとも、連記制の場合にも、文字どおり複数枚の票を投じる複票制でなく、1枚の票(単票)の中に、複数の候補者名を書く「連記」をしているのであれば、「単票連記制」ということである。したがって、単記移譲式は「単票連記移譲式」であり、いわゆる連記制は「単票連記非移譲式」ということになろう。
現状維持
ともあれ、選挙制度の設計を考えていくと、どんどんマニアックな議論に入り込む。選挙制度工学の「ものづくり」の技術革新としては面白いかもしれないが、それを強制される素人は迷惑ともいえる。工学技術者が技術力に磨きをかけて、次々と新しい製品を開発して、一般消費者は社会生活の同調性・共時性という観点から、やむなく使わされても、人々の生活が豊かになるとは限らない。インターネットや携帯・スマホが発達すれば、使わざるを得なくなるが、それによって、それがなかった時代(例えば1980年代)より現在の我々が便利で幸せかというと、必ずしもそうではないのと同じである。 結局、『報告書』は選挙制度に関しては結論らしい結論を出していない。中選挙区制に郷愁を持ちつつも、それを正面から打ち出すこともできず、ぼんやりとした現状維持ということなのであろう。
【つづく】
(1) 『報告書』そのものに忠実に表現すると、「V」とローマ数字が裸で記載されており「第Ⅴ章」という表記ではない。しかし、本稿では、単に「Ⅰ」「Ⅱ」……では分かりにくいので、章立てとみなして、「第Ⅰ章」「第Ⅱ章」……と表記する。その下位項目は「1」「2」……であるが、「第1節」「第2節」……と表記する。さらにその下位項目は、(1)①となっている。