2017.01.25 議会改革
『地方議会に関する研究会報告書』について(その19)
実効的な選択
以上のように、超大選挙区に関する『報告書』の問題意識は、あまり説得的ではない。しかし、定数が著しく大きくなれば、候補者数も著しく多くなり、そこから1名を選択することが極めて困難であるのは、実感としては了解可能であろう。多すぎる選択肢からは、人は選びようがないという、シーナ・アイエンガーのいう「ジャムの法則」が作用する(同『選択の科学』文藝春秋(2010年))。実際、市議会議員選挙や参議院比例代表選挙では、投票所で候補者名を記入しようとして鉛筆を持つと、膨大な数の候補者一覧が紙で貼ってあって、当惑することが普通であろう。
他方、小選挙区制の場合には、『報告書』の指摘どおり、落選候補に票を投じれば選択に生かされない死票となる。しかも、2名の有力候補がしのぎを削れば、死票が投票総数の半数近くになりうる。3名以上の有力候補が争えば、死票が過半数を超えることも生じる。つまり、小選挙区での当選者は、有権者の過半数が投票していないこともある。1名の有力候補しかいないのであれば、他は泡沫候補になるから、圧倒的な集票をするので死票が少なくなる。しかし、そのときは、選挙をするまでもなく当選が決まっており、選挙での実効的な選択がない。少なすぎる選択肢からも、人は選びようがない。
つまり、小選挙区制は、そもそも、有権者が実効的に選択のできない制度なのである。競争できる有力候補がいても、せいぜい2名から3名であろうから、多様な候補者の中からの選択もできない。
根拠なき中選挙区制の無視
以上を総合すると、有権者が実質的に選択できるのは、多すぎもせず、少なすぎもせず、という有力候補から選択するということなのである。そのために選挙制度を検討するというのが、選挙制度工学の発想である。『報告書』は、比例代表制、選挙区の設定、連記制を検討している。奇妙なことに、問題の指摘からは中選挙区制への郷愁を醸し出しながら、正面から、中選挙区制を検討することはしていない。これは、1990年代の「政治改革」が、中選挙区制を全面的に否定したことの呪縛であろう。
しかし、都道府県議会選挙は、比較的人口の大きな市区部においては、中選挙区になっていることも多い。また、郡部でも定数2以上の場合はある。その意味で、都道府県議会レベルでは、中選挙区制は否定されたことはないのである。例えば、熊本県議会(定数48)の場合、
大選挙区
熊本市第一選挙区(熊本市中央区、熊本市東区、熊本市北区) 定数12
中選挙区
熊本市第二選挙区(熊本市西区、熊本市南区) 定数5
八代市・郡 定数4
天草市・郡 定数3
玉名市、山鹿市、荒尾市、宇城市・下益城郡、菊池郡、上益城郡、球磨郡 定数2
小選挙区
人吉市、水俣市、菊池市、宇土市、上天草市、阿蘇市、合志市、玉名郡、阿蘇郡、葦北郡 定数1
である。
東京都議会(定数127)は表のとおりである。人口の少ない島しょ部は定数1である。区部は各区が単独選挙区であり、定数1~8であるが、定数1の小選挙区は千代田区・中央区のみである。多摩地区では、西多摩郡以外はすべて市なのであって、定数1の単独選挙区が多数生じる可能性もあるが、定数1の単独選挙区は武蔵野市・青梅市・昭島市・小金井市のみである。むしろ、西多摩、南多摩、北多摩第一、北多摩第二、北多摩第三、北多摩第四のように、複数の市を包摂して、定数2~3の中選挙区となっているのである。このように、むしろ中選挙区に「合区」されている市が多いということである。
もちろん、「中選挙区」と「大選挙区」の区別は講学的には存在せず、定数2以上はすべて「大選挙区」とされることも多い。しかし、日本の衆議院での経験では、定数3~5を原則とし、その後の定数是正で2人区・6人区も許容されたので、定数2~6と考えてよいだろう。いずれにせよ、都道府県議会では、中選挙区制は否定されたことは一度もないのである。
【つづく】
(1) 『報告書』そのものに忠実に表現すると、「V」とローマ数字が裸で記載されており「第Ⅴ章」という表記ではない。しかし、本稿では、単に「Ⅰ」「Ⅱ」……では分かりにくいので、章立てとみなして、「第Ⅰ章」「第Ⅱ章」……と表記する。その下位項目は「1」「2」……であるが、「第1節」「第2節」……と表記する。さらにその下位項目は、(1)①となっている。