2016.11.10 政策研究
子育てを支援する福岡市地下鉄の「ファミちかきっぷ」
元日本経済新聞論説委員 井上繁
福岡市は、10月1日から市営地下鉄が乗り放題となる家族用の一日乗車券「ファミちかきっぷ」の販売を開始した。小学生以下の子どもがいる家族が対象である。1枚1,000円で、大人は2人まで、小学生以下は大人と同一行程なら、人数の制限がなく何人でも利用できる。
家族は、父母、祖父母、配偶者、兄弟姉妹、子、孫の2親等内の親族である。同居は条件ではない。福岡市地下鉄はこの一日乗車券とは別に、利用者の氏名、年齢を記入する「ファミちかきっぷファミリーカード」を用意している。2つ折りにすれば定期入れなどに入り、繰り返し利用できる。「ファミちかきっぷ」利用時は携帯し、利用する日の最初の改札時などに提示する。通常の一日乗車券は、大人620円、小学生310円のため、「親子3人乗れば得」(市交通局)という。ただ、大人または子どもだけでは利用できない。この一日乗車券を提示すると、福岡タワーや福岡市動植物園などの入場料が割引になるなど飲食店を含め86施設で料金の割引やプレゼントなどの特典も付いている。
「ファミちかきっぷ」は、子育て中の家族の支援を主目的にしている。福岡市の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に出産する子どもの数)は、1.25(2010年)で、全国の合計特殊出生率の1.39をかなり下回っている。この切符の導入は、子育てしやすい環境を整える施策のひとつと位置付けることができる。ちらしには「ファミリーで地下鉄に乗る。それだけで小旅行気分になる」と書いてあり、親子での気軽な外出を勧めている。
もうひとつの目的は、公共交通の利用を促進し、都心部への車の乗り入れを抑制することである。福岡市を中心とした地域は九州最大の都市圏である。通勤時の自動車分担率が高く、特に繁華街の天神とJR博多駅周辺に集中している。天神では都市再開発によって、ビルの床面積が大幅に増える“天神ビッグバン”が進んでいる。
65歳以上の活動的なシニアを支援する定期券「ちかパス65」も10月から発売した。これは高齢者向けの全線定期券で、「地下鉄では全国初」(同市交通局)の試みである。これらの新設に伴い、これまで1人でも利用できた土日・祝日限定の一日乗車券「エコちかきっぷ」や、夏休みなどに発売した小学生一日乗車券「ちかまるきっぷ」は終了した。
家族を対象にした割引制度は他の鉄道やバス会社でも導入している。しかし、通年ではなく、「土日・祝日、年末年始、8月のお盆だけ」(横浜市交通局市営バスファミリー環境一日乗車券、松江市交通局の市営バス)といった具合に適用日が限定されていることが多い。北九州市交通局の市営バスの土休日家族割引乗車券は、4~6月と9~11月だけに利用できるにすぎない。
適用される家族は「同居する家族」(仙台市交通局の休日カルガモ家族、横浜市交通局、川崎市交通局の市バス家族一日乗車券)に限定している場合が少なくない。
人数については、特に制限のない場合と、制限付きとがある。制限付きの場合の制限は「5人まで」(立山黒部アルペンルートの「ファミリーきっぷ」、仙台市交通局、横浜市交通局)、「4人まで」(北九州市交通局)、「3人まで」(川崎市交通局)などまちまちである。京都丹後鉄道の一日乗車券「家族お出かけきっぷ」は、大人1人、子ども1人の最大2人までに絞っている。
これに対して、福岡市地下鉄の場合は、平日・休日を問わずいつでも、子どもは何人でも、同居していない家族でも適用になり、使い勝手がよい。
西日本鉄道は、福岡市の博多駅、天神、薬院駅前を結ぶ福岡都心部は「福岡都心100円バス」エリアとして、どのバスに乗っても運賃は大人100円(小人は50円)にしている。運賃が安いうえ、バスの停留所の数は鉄道より多く、人気がある。新施策の背景には、地下鉄がバスと競合しているという事情もありそうだ。
今回の一連の企画乗車券の見直しに伴う費用は、2016年度予算では2億2,490万円である。それでも市は「料金割引などの特典を期待してマイカーを地下鉄に乗り換える人が増えれば、需要の掘り起こしになる」(高島宗一郎福岡市長)と期待している。