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2016.08.10 政策研究

第2回 ヘイトスピーチ解消法及び大阪市ヘイトスピーチ対処条例の検討

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(イ)司法による対応の変化
A 民事手続

 横浜地裁川崎支部は、本年6月2日、前記川崎市のヘイトスピーチデモに関し、川崎市の社会福祉法人がデモの禁止を求める仮処分を申し立てた事件で、デモの主催者に対し、法人の事務所から半径500メートル以内でのデモの禁止を命じる決定を下した。
 この法人は、デモが計画された地区内に所在し、在日韓国・朝鮮人の理事を多く擁し、多文化共生をテーマとして保育所、児童館や介護施設などの事業を行っている。このことから裁判所は、京都朝鮮学校事件における京都朝鮮第一初級学校と同様、ヘイトスピーチデモの標的となった場合、法人が近隣で運営する施設に著しい損害が生じる現実的な危険が存在すると判断した。また、裁判所は、決定において、主催者が従前行ってきた発言がヘイトスピーチ解消法2条に該当する「差別的言動」と認定した上で、「その侵害行為である差別的言動は、……専ら本邦外出身者に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で、公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し、又は本邦外出身者の名誉を毀損し、若しくは著しく侮辱するもので……もはや憲法の定める集会や表現の自由の保障の範囲外であることは明らか」であるとした(裁判所は、このことを前提として、「人格権の侵害に対する事後的な権利の回復は著しく困難であることを考慮すると、その事前の差止めは許容されると解するのが相当」であると判断した)。
 裁判所は、従前、ヘイトスピーチを伴うデモや街宣活動が民法上の不法行為に該当すると認定する根拠として、京都朝鮮学校事件のように、人種差別撤廃条約が禁止する「人種差別」に該当することを挙げてきたが、今後は、ヘイトスピーチ解消法の「差別的言動」に該当するかどうかが問われることになろう。

B 刑事手続
 福岡地方検察庁は、本年7月22日、在日韓国・朝鮮人を中傷する内容のビラを貼るために商業施設に立ち入ったとして、無職男性を建造物侵入罪で起訴したと発表した。発表の中で、検察は、ヘイトスピーチ解消法の趣旨にも照らして起訴したと明らかにしたが、通常、ビラの配布等の目的で行われる建造物侵入について起訴まで至ることはまれであり、ヘイトスピーチ解消法が刑事手続の運用にも影響しうることが明らかになった。
 刑事訴訟法は、犯罪が行われたことが立証できる場合であっても、犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況を勘案し、起訴しないことができる(起訴便宜主義(刑事訴訟法248条))。今回の検察の判断は、起訴便宜主義にのっとったものであり、法律上新たにヘイトスピーチに対する罰則が設けられたものではない。前述した本年6月3日付通達が「ヘイトスピーチといわれる言動やこれに伴う活動について違法行為を認知した際には厳正に対処する」としたことと歩調を合わせた取扱いであり、今後も同様の判断がなされることが予想される。

(2)ヘイトスピーチ対処条例
ア ヘイトスピーチ対処条例の特徴

 ヘイトスピーチ対処条例の特徴は、「ヘイトスピーチ」について、その目的、態様及び場所又は方法の3つの要件を用いて定義を行った上で、ヘイトスピーチを認知したときは、その拡散防止措置をとるとともに、当該ヘイトスピーチに関する一定の情報を公表するものとされている点である。特に、ヘイトスピーチを行った者の氏名又は名称を公表する点は、連載第1回で紹介した新宿区公共の場所における客引き行為等の防止に関する条例における公表と同様、行政上の義務を履行しない者に対する制裁として機能することを意図したものと思われる。
 ただし、条例による制裁措置の発動は、本来であればその前提として当該条例に規定された義務への違反が要件とされるべきところ、ヘイトスピーチ対処条例には、「ヘイトスピーチの抑止を図る」との条例の目的を規定するだけで、市民に対して「ヘイトスピーチを行ってはならない」との義務付けを行う規定が存在しない。
 これは、市が特定の表現活動について、その表現内容を理由として禁止(違法化)することが、憲法で保障された表現の自由との関係で問題となることに配慮したものと思われる。しかし、拡散防止措置や公表措置は、まさに表現内容を理由として、市が当該表現の流通を阻害し、当該表現を行った主体に対する氏名(名称)公表の制裁を科そうというものであるから、「ヘイトスピーチを行ってはならない」との義務付け規定を設けなかったことにより、ヘイトスピーチ対処条例が表現の自由の不当な制約との批判を回避することは困難である。
 大阪市が、憲法上の議論を生じることを覚悟の上で拡散防止措置や公表措置を定めたのであれば、「ヘイトスピーチを行ってはならない」との義務付け規定にまで踏み込むこともできたのではないかと思われる。

イ ヘイトスピーチ対処条例によりどのような対応が可能になるか
 ヘイトスピーチ対処条例では、市長は、ヘイトスピーチの存在を認めたときは、当該表現の内容の拡散を防止するために、当該表現が掲示された施設を管理する者に対して看板や掲示物などの撤去を依頼し、又はプロバイダへの削除依頼を行うといった措置をとることができるとされる。
 これはあくまで事後的な対応であるが、行政が主体となって表現の流通を止める根拠を創設した点は画期的である。これまで、名誉毀損や侮辱に当たる表現の対象となった特定の個人又は団体が、自らに関する表現の除去を求めて法的措置を講じることは可能であったが、特定の個人又は団体を対象としないヘイトスピーチについては、民事裁判を通じた措置を講じることは当事者適格の問題で困難であった。今後、特定の個人又は団体を対象としないヘイトスピーチに苦しむマイノリティは、大阪市に対して拡散防止措置を求めることによって一定の救済が得られるものと思われる。
 また、公表措置も、ヘイトスピーチを行った者に対する制裁を設けた点で画期的である。ただし、ヘイトスピーチ対処条例成立後もあえてヘイトスピーチを行う者は、氏名(名称)が公表されることをいとわない確信犯である可能性もある。実際に、京都朝鮮学校事件を起こした在特会の構成員の中には、顕名でヘイトスピーチを繰り返している者もおり、こうした者によるヘイトスピーチにどのように対処していくかについては課題が残っている。

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