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2016.08.10 政策研究

第2回 ヘイトスピーチ解消法及び大阪市ヘイトスピーチ対処条例の検討

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(2)人種差別撤廃条約上の義務
 我が国が1995年に批准した「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」(以下「人種差別撤廃条約」という)は、締約国に対して以下の義務を課している(4条)。
 (a)人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布人種差別の扇動、いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供も、法律で処罰すべき犯罪であることを宣言すること。
 (b)人種差別を助長し及び扇動する団体及び組織的宣伝活動その他のすべての宣伝活動を違法であるとして禁止するものとし、このような団体又は活動への参加が法律で処罰すべき犯罪であることを認めること。
 (c)国又は地方の公の当局又は機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないこと。
 (翻訳は外務省ホームページ〔http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/conv_j.html〕より転載。下線部は筆者による)

 人種差別撤廃条約に従えば、前述したヘイトスピーチは「人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布」や「人種差別の扇動」に該当するものであるから、これを規制(処罰)することが締約国の義務である。仮に我が国が人種差別撤廃条約の批准後に、この義務を履行するための規制立法を行っていれば、近年のヘイトスピーチの活発化は生じなかった可能性もある。
 しかし、我が国政府は、前記(a)及び(b)に基づく処罰立法措置が、憲法の保障する集会、結社及び表現の自由(憲法21条)等を不当に制約するおそれがあること、また「人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布」や「人種差別の扇動」といった概念を刑罰法規の構成要件として用いると、処罰範囲が不明確になり罪刑法定主義(憲法31条)に反するおそれがあることを理由に、条約上の義務の履行に当たっては「憲法と抵触しない限度において」との留保を付している(米国及びスイスも同様の留保を付している)。このため、人種差別撤廃条約批准後、前記義務を履行するための規制立法は行われていない。

(3)日本国憲法における表現の自由との関係
ア ヘイトスピーチは表現の自由により保護されるのか

 では、我が国政府による、規制立法と憲法上の人権(集会、結社及び表現の自由)との関係についての見解は正しいものといえるのであろうか。
 憲法21条1項は、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と規定している。
 この表現の自由の保障の意義には、①「個人が言論活動を通じて自己の人格を発展させるという、個人的な価値(自己実現の価値)」と、②「言論活動によって国民が政治的意思決定に関与するという、民主政に資する社会的な価値(自己統治の価値)」の2つがあるとされる(芦部・高橋〔2015〕175頁)。このような民主政の過程を支える表現の自由は、一度不当に制約されれば、自由な言論が封じられた政治過程を通じては回復が困難になってしまうことから、その規制については裁判所が合憲性を厳格に審査しなければならない。
 このため、表現の自由も無制限ではなく「公共の福祉」(憲法13条)の制限に服するものの、表現内容自体を理由とする規制については、①その表現が近い将来重大な害悪を引き起こす蓋然性が明白であり、当該害悪を回避するために必要不可欠な規制手段(「明白かつ現在の危険」の基準)か、②やむにやまれぬ必要不可欠な公共的利益を達成するために、必要最小限度の手段(「必要不可欠な公共的利益」の基準)でなければならないとされている。この議論に従えば、ヘイトスピーチについても、新たに表現内容を理由として規制する場合には、規制目的とその達成手段について前記の厳格な審査を経なければならないことになる。
 その意味で、我が国政府が人種差別撤廃条約上の義務の履行について「憲法と抵触しない限度において」との留保を付したことには十分な理由があり、後述する現行法上の規制を超える新たな規制立法を行うことに慎重であったことも理解可能である。
 ただし、前述したように近年我が国においてヘイトスピーチが活発化し、多くの地方議会が国に対して対応を求める程度に社会問題化していること、そして後述するように現行法ではヘイトスピーチの重要な部分に対応できないことを考慮すると、前記の厳格な基準に照らしても許容される規制立法を検討する余地があると思われる。また、ヘイトスピーチは他者(特に民族的マイノリティに属する者)の人格を否定する表現であるところ、表現の自由に「人格を発展させる」価値があることを理由に、そのような表現に対して法的保護を与えるべきであるのか大いに疑問がある。
 本稿が対象とするヘイトスピーチ解消法及びヘイトスピーチ対処条例は、このような憲法学上の議論を背景として成立している。

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